0. 序
某县某郡某村的神南木村落,即使要前往设有村公所的村落,开车也需将近两小时,而村营巴士一天仅有一班。然而,或许是因为整个村落都以供奉在永远神社的永远大神大人与永远巫女大人为中心团结在一起,不可思议的是,离开村子的人很少,与限界集落相距甚远。听说周边村落的学校接连合并废除,不少孩子要搭一小时的村营巴士去上学,但神南木村落的中小学虽为复式班级,规模却得以维持。村落位于深山环绕之中,或许是托永远大神大人与永远巫女大人的庇佑,几乎未曾遭受过山体滑坡、泥石流等自然灾害或山林火灾等重大灾害。
永远巫女大人是永远神社的御神体之一。其形为金光闪闪的年轻女性躯干像,按照惯例每四十年重新制作一次。据说从前一年开始永远神社的大祭便拉开帷幕,直到重新制作后约四个月才结束,这是日本也极为罕见的奇祭,而其祭祀仪式在村中居民之间被严格保密。
1. 永远巫女的修行 -真纪视角-
第一学期结业式那天,结业式结束后,我和小夜被叫到了村立神南木中小学的校长室。
「神咒氏真纪同学,御於吕祇小夜同学。来,请坐吧。」
一进校长室,校长便催促我们坐到沙发上。
「永远神社的神主联络说,神咒氏真纪同学在这次举行的大祭中被选为永远巫女。这是四十年一次的重任,要好好完成。」
「是。」
我回应了校长的话。从小母亲就对我说『你将来要成为永远巫女的』,并严格地养育我,所以即使被校长告知被选为永远巫女,我也不觉得有什么不可思议。
「还有,御於吕祇小夜同学。神主联络说,你被选为大祭的权巫女。权巫女也是四十年一次的重任,要好好完成。」
「是。」
小夜或许早已被告知,毫不惊讶地回应了。
「大祭从十月……旧历九月朔日开始,历时一年以上。永远巫女需在其约两个月前,即旧历七月朔日开始修行,权巫女也须始终陪同修行。据说直到大祭结束,权巫女也需时常侍奉,因此请将大祭优先于课业。
你们二人,今天就是学校最后一天了,但一直以来,你们都做得很努力。
那么,重任虽然辛苦,请加油。」
校长说完,便送我们离开了房间。
「永远巫女的修行,加油哦。」
暑假即将结束的旧历七月朔日早晨,母亲送我前往永远神社。一如往常……不,不知为何,她看起来有些悲伤。……不,她的眼神非常凝重。明明只是修行要开始了而已。
「你来了呀。
修行,加油哦。」
到了永远神社,小夜的大曾祖母留女女士、祖母忍女士,还有小夜出来迎接。小夜已经穿着巫女的装束了。我立刻被要求换上巫女的装束。之后,参拜永远巫女大人。平时是在正殿前参拜的,但为了开始巫女的修行,这次让我登上了正殿。平时是在正中央供奉的永远大神大人面前参拜,但这次是在永远巫女大人面前参拜。
首先,在离神主——小夜的父亲光将先生稍远的地方,我和小夜两人并排坐下。神主行了二礼四拍手一礼的礼节后,以独特的语调开始念祝词。
「诚惶诚恐,于永远巫女大人御前……」
祝词的主旨是『请允许真纪此人进入成为永远巫女的修行』。
「……愿闻食此,惶恐惶恐谨白……」
祝词结束后,他拿起御币,为我们驱邪。之后,同样以二礼四拍手一礼的礼节参拜,奉纳玉串,参拜结束。
据神主说明,参拜永远大神大人是二礼二拍手一礼,参拜永远巫女大人则是二礼四拍手一礼。至于为何如此规定,并未告知我们。
参拜结束后,在忍女士的陪同下,我被带往奥之院。到奥之院需走约一小时的山路。身着巫女装束、脚穿草履走山路,颇为吃力。据说暂时要在奥之院修行。
一到那里,便被告知要在奥之院后面的瀑布进行水行。我褪下巫女装束的肩部,让瀑布打在身上。小夜一副习以为常的样子接受瀑布冲刷,而我则战战兢兢。当细细的水流打上肩膀时,肩膀被猛地向下压了相当大的力道,令我吃了一惊。正值盛夏,或许是因为走了远路出了汗,冰凉的瀑布水令人感到舒适。
修行最初的两周,除了每天早晨有水行之外,据说就在奥之院的客房里度过。没有通电的奥之院,太阳一落山四周便一片漆黑,只有行灯微弱的灯光可以依靠。这大概是要我们习惯这种不便的生活吧。铺上两床薄煎饼被褥,我和小夜两人钻进被窝。与日常生活截然不同的生活让人感到些许新鲜。
清晨起床,整理好装束后下山,在主屋用早餐。回到奥之院,被瀑布冲打约一小时后,悠闲地度过到傍晚前。傍晚前下山,在主屋用晚餐,回到奥之院,就寝。蔬菜偏多、热量偏低的一日两餐加上每日四小时的步行持续两周后,赘肉完全消失,腰腿长出了结实的肌肉。或许是习惯了,穿着草履上下山路感觉稍微轻松了一些。
两周过后,以躯干为中心被极为细致地测量了身体尺寸。据说要开始准备大祭最初举行的名为『法威之仪』的仪式。具体是什么仪式,并未告知。
测量之后,只有我被戴上了达曼式束腰,腰部被牢牢固定。接着,被装上了俗称全身束带、以粗带呈网状覆盖躯干的装具,胸部被紧紧勒住。此外,俗称头部束带的带状装具被缠在头上。所有这些都在扣具上锁,使我无法自行取下。由于束腰和全身束带勒紧了胸腹,我无法大口呼吸了。这样下去恐怕无法上下山路,但似乎对此已有考虑,小夜开始将食物运到奥之院,我则被免除了上下山。取而代之的是,被要求在奥之院周边,每天约四小时,以不至于喘不过气的速度慢慢行走。每两天扣具会被解锁一次,被要求进行约一小时的水行。
又过了两周,全身束带的腰部和肩部、头部束带的后脑部,各被左右一根棒子连接起来。一旦被连接,背就无法弯曲,脖子也无法弯曲了。因此,起身、躺下、站立、坐下,没有帮助都无法完成。帮助只能拜托陪同的小夜。小夜似乎很了解情况,殷勤地照料着我。
距大祭还有两周的那天,忍女士和小夜的母亲千圣女士,将许多装具放在两个大三方台上,来到了奥之院。
「来吧,修行的最后一步了。」
她们这样说。
首先,被灌了肠,肠内被彻底排空。
接着,被要求张开嘴,我照做后,张开的嘴里被塞入一个球,球上连接的带子被接到头部束带上。想把球吐出来,但被固定住了无法吐出。我变得无法说话了。
随后,连接头部束带和全身束带的两根棒子被取下,然后全身束带和达曼式束腰被取下。我本以为腰终于可以动了,却发现已经僵硬得无法如意活动。小夜帮我脱下内裤,让我仰卧在铺于客房地板上的塑料布上。双膝立起,两腿被摆成M字打开的状态后,双腿被小夜和千圣女士牢牢按住。忍女士将硬物塞进了我的尿道。
「唔唔~」
我想诉说疼痛,但无法成言,发出的只有呻吟声。她解释说,这是将纯银制的筒管插入尿道。据说抗菌性高、毒性低,长时间放置也无害……。我明明不想被插进去……。据说前端装有弹簧开合结构的部件,进入膀胱后会像伞骨一样张开,因此不会轻易脱落。据说在管插入期间,我无法凭自己的意志排尿。此外,从阴唇处被插入了装具。据说是用于将渗出物等排出体外的装具。
我被翻转身体,摆成四肢着地的姿势后,手指被插入肛门,来回转动。过了一会儿,粗大的东西被插入肛门。穴口被撑到极限的感觉让我发出呻吟,但不可思议的是,我无法收紧抗拒。粗物通过后稍微松了一些,但一种像粗大的大便卡在里面的不适感持续着。据说因为局部使用了肌肉松弛剂,几乎不会因某种原因而脱落。据说粪便将从装具上开的孔洞中,呈流淌状态排出。在被取出之前,我似乎无法凭自己的意志排便了。
三个占据三个穴位的装具被插入后,一块硬带被覆在胯间,腰上也被缠上硬带,一并被锁住。据说这是名为贞操带的、原本用于守护贞操的装具,但据说装上它是为了万一肛门内的装具因某种原因飞出。戴上贞操带后,三个装具伸出的管子末端被连接到塑料袋上,使流出的污物能积存在塑料袋中。
接着,胸部也被戴上了金属胸罩并上锁。据说普通的会用铰链和链条留出余量,但给我戴上的这款前后都以金属棒牢牢固定。
装具穿戴完毕后,达曼式束腰和全身束带被重新装上,逐一上锁。呼吸变得更加困难,稍微动一下就会气喘吁吁。不过,倒是免除了走动。最后,塞在嘴里的球塞被取下,这一天的准备结束了。
大祭前两天,全身束带、束腰和头部束带被取下。据说是因为留下痕迹会不好看。反正我已经觉得,好不好看都无所谓了……
背上的两根棒子被取下,按理说脖子和腰应该能自由活动了……却已经无法如意活动了。好不容易身体自由了,却仍然一如既往地需要小夜的帮助,否则什么都做不了,真是难受。
2. 法威之仪 -真纪视角-
仪式当天的清晨,在千圣和沙夜的协助下,我被扶上了一台坐式的神轿,被运往正殿。正殿里放着一个立架,上面竖着一根与我站立时恰好等高的管子,从神轿上被抬下后,永远巫女大人的装束便连接到了这根管子上。
神主先生行了二礼四拍手一礼的作法之后,念了大意是“请允许诚这个存在为四肢穿上暂借之衣”的祝词,为我进行了祓禊。之后,我也打算以同样的二礼四拍手一礼的作法参拜,但从脖子到腰都被固定成笔直的状态,无法行礼。
就请这样宽恕我吧……
我一边这样想着,一边微微低了两次头,拍了四次手,又微微低了一次头,祈祷“四方之仪”能够顺利无事地完成。
参拜结束后,千圣先生捧着一个大盘子运了过来。上面放着四个琥珀色的块状物和四个塑料瓶。沙夜拿起其中一个琥珀色的块状物,将它撑开。看起来像是某种闭合的筒状物。筒中被倒入了一整瓶塑料瓶里的东西,像揉搓一样哗叽哗叽地揉弄,使其均匀地涂抹在筒的内壁。
“那么,给您穿上了。”
右脚被放入了那个筒中。里面涂抹的东西噗嗤一声黏在了皮肤上,感觉很不舒服。也许是那黏腻恶心的东西起到了润滑的作用,琥珀色的筒顺滑地滑了上去,我感觉到筒尖贴合到了脚上。之后,从筒尖到筒口,像用手抚过一样在表面来回抚摸,痒得让人想扭动身体。虽然躯干被固定住了,根本动不了……。完成后,从脚尖开始依次贴合,筒被逐渐提起,一直紧密地覆盖到了大腿根部。接着,左脚也同样被紧密地覆盖了。
接下来是右手。我明白了那琥珀色的东西是薄乳胶。前端是五指的手套,各根手指被放进去后,为了不留下气泡被仔细地推挤出去。我这才知道,之前脚上被反复抚摸,是为了挤出气泡。手被紧密贴合,气泡被排尽后,筒朝着肩膀的方向被提起,一直紧密地覆盖到了肩部。接着,左手也同样被紧密地覆盖了。
至此,“四方之仪”似乎就结束了。永远巫女大人的装束从立架上被取下,我被放上神轿送回了侧殿。
不过,因为是朔日,很快就被移到了外面,永远巫女大人的装束被插在管子上固定好之后,戴上了头罩。不久,侧殿的门被打开了。
参拜客前来,以二礼四拍手一礼的作法参拜。虽然听不到声音,但似乎也有人看着我的手臂和腿,说着什么。我被装饰在侧殿的门口,直到外面天色变暗,结束了一天的职责。
手脚被乳胶覆盖后,每次活动手指脚趾都有一种滑腻腻的感觉,很不舒服。不过,也许是因为手臂和腿被完全覆盖了,变得不太容易感到寒冷,这倒是令人庆幸的。
“四方之仪”的第二天起,每天早上覆盖手臂和腿的乳胶筒(应该叫做长手套和过膝袜吧……)都会被脱下,用湿毛巾仔细擦拭后,再换上清理干净的长手套和过膝袜。毕竟一直穿着的话会积汗,也容易沾满污垢,能给我更换真是非常感激。
即使双手被乳胶覆盖,除了参拜日以外,还有护摩焚烧的修行。
因为手被乳胶覆盖,手的感觉变得相当迟钝。拿护摩木的时候也受到影响。拿起的瞬间指尖就会滑溜一下。而且乳胶的外侧摩擦力很差。我变得小心翼翼地拿取护摩木。
“○○岁之○○ ○○伊 祈愿○○○○之事,敬请听闻……”
读完写在护摩木上的内容,投入火中。
“○○岁之○○ ○○伊 祈愿○○○○之事,敬请听闻……”
又一根,投入火中。
乳胶应该不耐热,所以把护摩木投入火中时,要小心不要被火焰的热度熔化。护摩木中有些带有粗刺,我一直小心不被扎到,但这个担心稍微减少了一些。然而,这次又不得不小心不要给乳胶弄出洞来。
进入三月之后开始在意的事情是,指尖的感觉似乎变得更加迟钝了。因此,变得难以把握力度的轻重。有一天,不知不觉间粗刺刺破了乳胶,扎进了手指。然而,疼痛的感觉几乎没有了,看到满是血才终于发觉。告诉沙夜后,她慌忙脱下受伤那一侧的手套,用湿毛巾擦拭干净,拔出扎着的粗刺,为我止了血。那天之后,护摩焚烧的修行就暂停了。从第二天起,开始挑选没有粗刺的护摩木递给我。
到了三月中旬,寒意缓和了不少。我正想着今后护摩焚烧的修行会因为炎热而变得辛苦吧,不知是否因为寒意缓和成为了契机,护摩焚烧的修行结束了。那时候,手的感觉已经相当迟钝,举起手臂也变得吃力了。而且,站着走路也变得痛苦,所以修行结束让我非常高兴。
手指感觉迟钝后,连吃饭都变得困难。穿上永远巫女大人的装束之后,是让我坐下,在前面放一个稍高的食案,自己拿筷子进食的。“四方之仪”之后也暂时是这样,但手指感觉迟钝后拿不住筷子了,就改用勺子进食。到了三月底,连勺子都会掉落了。手指,不听使唤了。说白了,手指的感觉,不知道了。用眼睛看,手指是在那里,但手指本身的存在,已经感觉不到了……。感觉的麻痹从肘部向下蔓延,并没有花多少时间。脚也一样,连走路都变得困难了。进入四月后,据说从旧历三月十五日起,奇数日要以便看不见脸的状态接受参拜。因此,我的所在被移到了外面,被固定在了之前接受参拜的那根管子上。
在外侧的土地间,以站立的状态度过的日子开始了。头罩的台座仍然戴着,头罩只有在吃饭的时候才被取下。除朔日和十五日以外的参拜日,头罩前面的玻璃上会被盖上镀金的罩子,头顶的采光口会被装上烟熏色的罩子。盖上镀金罩子后,感觉就像戴上了太阳镜,但并不是什么都看不见了。手和脚都不能用,什么也做不了。从圆形玻璃窗看到的世界,变成了一切。除了嘶嘶的声音以外,什么都没有声音的世界。太阳升起变亮,太阳落下变暗。仅凭这个知道一天。奇数日门被打开,偶尔前来的参拜者在眼前拍手的模样被我注视着。只是,仅此而已……
手臂和腿的麻痹进一步蔓延。六月初,被解释说是为了应对这种情况,从鼻子插入了两根管子。一根是用于进食的管,一直插到胃里。据说通过这根管子,即使不能吃东西了,也能摄取食物。另一根是用于呼吸的管。被插入的瞬间,我失去了声音。据说即使不能自主呼吸了,接上机器就能维持呼吸,所以能够活下去。
插入两根管子后,为了吃饭而取下头罩的事情就没有了。因为可以通过管子进食,所以没有必要取下。一直被关在头罩里的生活持续着。
到了六月中旬,连手臂和脚的存在都感觉不到了。然后,罕见地头罩被取下,沙夜告诉我很快就要进行“拔丝之仪”了,但是……
5. 拔丝之仪 -沙夜视角-
要成为永远巫女大人,有三个重要的关卡。
第一个是“法衣之仪”,诚毫无疑虑地接受了。不过,她似乎没有想过接受“法衣之仪”后就再也无法回头了。
然后,第二个就是“拔丝之仪”。“拔丝之仪”可以说是一个更像是在考验身为权巫女的我的仪式。而且,这个仪式在某种意义上,也是让我无法回头的仪式。
“拔丝之仪”的清晨,我取下封闭诚头部的头罩。诚处于完全没有意识的状态,但脖子几乎不能动,所以头只是微微倾斜着。头罩的台座也取下来。接着,脱下诚手脚上的长手套和过膝袜,用湿毛巾清洁皮肤。诚说过麻痹已经蔓延,手臂和脚都已经没有感觉了。这也是理所当然的,从三月初开始,在穿戴长手套和过膝袜时使用的润滑液中,就开始添加低浓度的不可逆麻醉剂,并逐渐提高浓度。因此,手臂和腿的神经应该已经完全丧失了功能。
从“拔丝之仪”前一天的半夜过后,在呼吸的空气中加入了吸入式麻醉剂,同时从胃部投入了麻醉药物,呼吸已经在人工呼吸器的管理之下。
“那么,请搬运吧。”
清洁结束后,我出声道。永远巫女大人的装束从作为立架设置的管子上被取下,诚被运往正殿。我跟在后面,前往正殿。
正殿的永远巫女大人面前放着一个直径约一米五十厘米的大盆,诚被放在盆中的台子上躺下。
“于惶恐亦难尽言之永远巫女大人御前……”
父亲行了二礼四拍手一礼的作法后,奏上祝词。大意是“请允许沙夜为诚这个存在举行‘拔丝之仪’,使其能向永远巫女大人靠近一步”的祝词。
父亲的祝词结束后,我以二礼四拍手一礼的作法参拜,祈祷“拔丝之仪”能够顺利无事地完成。作为权巫女,我必须完成这第一个重任。
首先,用粗绳绑住左右大腿根部,在绳中插入棒子拧紧。血液流通被阻断,直到脚尖的血液彻底褪去后,将棒子牢牢固定。接着,左右上臂的肩口也同样拧紧固定。
确认手脚的血液褪去、表面温度开始下降后,行了二礼四拍手一礼的作法,拿起放在三宝上的小刀,拔出刀鞘。
“诚,对不起……”
将小刀的刀刃抵在右大腿上,一口气切入,血滴落下来。急忙将一圈皮肤及其下方的肌肉切开分离,用放在小刀旁边的锯子将两根粗骨切断。右脚咚的一声掉入盆中,将断面处可见的粗血管用缝合线扎住封闭,然后在断面烙上烙铁,烧到不再出血,之后将皮肤拉扯聚拢缝合,将断面封住。接着,左脚也同样处理。
接下来是左肩。和脚一样将一圈皮肤及其下方的肌肉切开分离后,切断连接肩关节的韧带和软骨,将上臂骨从肩关节中拔出。粗血管的处理和烧灼断面的步骤等与脚相同。最后是右肩。与左肩同样处理。
“结束了……”
我不由自主地漏出了声音。
各种各样的事情,都结束了……
我恐怕再也无法像以前的我那样活下去了。我失去了某种作为人应有的东西。
我还能像以前一样与诚相处吗……。
そして、自分に何が起こったか知ったまきが、これまでと同じように接してくれるだろうか…。
床にペタリとお尻をつき、呆けてしまう。その間に、母やおばあさんが後の処理を進めてくれる。まきは、切断面にしっかりと包帯を巻かれた後、側殿へと運ばれた。
侵襲が非常に大きいため、まきは、翌日の朝まで、麻酔の管理下におかれ、大量の消炎鎮痛剤と抗生物質が投薬された。しっかりと処置したためか、思いのほか出血が少なかったようで、ホッとした。
まきが寝かされている部屋へ行くと、首のところを幕で区切られ、まきが首から下を見れないようにしてあった。肩や太ももの付け根の処置を見られないようにするためだ。出血が少ないとはいえ、縫合した皮膚の間から多少の出血はあるし、浸出液が出てきたりするので、頻回に滅菌ガーゼや包帯を取り換えなければならない。首をほとんど動かせないまきは、じぶんの腕や脚を見ることができないが、そこから少し離れたところなら見えてしまうのだ。
翌日の午後、ようやくまきの意識が戻った。スタンドに立てられているのではなく、寝かされていることに驚いている様子だった。元々腕や脚の感覚が無くなっていたためか、腕や脚をなくしたという違和感は、感じていないようだ。恐る恐る首から下を隠すための幕から顔を出すと、まきは、にっこりと笑いかけてくれた。
どうして、私が顔を出しただけで、そんなにうれしそうにしてくれるの? あなたに酷いことをしたのは、私なのに…。
まきの顔を見ると、泣きたくなってしまった。そんな様子を見せると、まきは、すごく心配そうな顔をする。
「大丈夫だよ」
そう言いたかったけど、何が、どう大丈夫なんだろう…。
言いよどんだ挙句、適当にこれからのことを説明して、誤魔化してしまった。
また一つ、人としてあるべきものを失った気がする。
6. ばっしの儀を終えて -まき視点-
もうじき『ばっしの儀』があると教えられたのだけど…。
これまでと同じく、『ばっしの儀』がどういう儀式なのか、教えてもらえなかった。そして、幾日かが過ぎ…。
…随分と長く眠ったような気がした。目が覚めてみると、スタンドに固定されて立たされているのではなく、横たえられていた。なぜか、付けられていた頭覆いが外され、頭覆いが外された時にも外されることがなくなっていた頭覆いの台も外されていた。
何か、あったのだろうか…?
それより、『ばっしの儀』は、どうなったの?
質問をしたくても、喉に入れられた管のために声を奪われていて、質問することができない。目で訴えて、教えてもらえるものなのだろうか。
さよを探して、視線をさまよわせる。首のところを幕で仕切られ、そこから下が見えない状況にされていた。そして、私が見ることができる範囲には、さよの姿は、なかった。
さよ…、一体どこへ行ったの?
見当たらないというだけで、すごく心細くなる。もう半年以上、ずっと付き添ってくれていたから。『しほうの儀』のあと、手足の具合が悪くなってからは、生きていくために必要なことを、すべて依存していたから。
だから、さよの姿が幕の向こうから見えたときは、すごくうれしかった。しかし、さよは、私の顔を見ると、泣きそうな顔になる。何があったというのだろう。困らせているのは、わたし? そう思うと、すごく心配になってしまう。だって、今、生きているのは、さよのおかげだから。さよがいてくれないと、これから先、生きていけないから。
すごく、利己的な考えだよね。これって。でも…。
心配そうな顔になったのが気になったのか、これから先のことを教えてくれた。
十日ほど、このままゆっくりと休んだ後は、これまで通り、側殿の表で、参詣を受けることになるらしい。これまでと何も変わらないということを聞き、安心することができた。
あ、そういえば、『ばっしの儀』は、どうなったの?
寝かされた状態で十日ほど過ごすと、体が随分と楽になった気がする。腕や脚の感覚は、相変わらずないけど…。でも、どこか体の具合が悪くなっていたのは、間違いがなさそうだ。
寝かされたまま側殿の表まで運ばれ、永遠巫女様の装束がパイプに差し込まれ、立たされた状態にされる。でも、少し前と違うような…。視線の高さがかなり低くなっているし、少し奥まった位置に立たされている。脚がひん曲がった状態にされているのかな?
固定が終わると、頭覆いの台が取り付けられ、頭覆いが被せられ、固定される。外の音が聞こえなくなるのは、いつも通りだった。また、当分の間、頭覆いに閉じ込められ、側殿の表に立たされたままの生活が続くのだろう。
決められた時刻になると、表の扉が開けられる。以前は、扉の所に柵が置かれていて、参詣客が中に入ってこれないようになっていた。しかし、開けられた扉の所には、柵が置かれていない。扉が開けられてしばらくすると、参詣客がやってきた。当然、扉のところで立ち止まるわけではなく、中まで入ってくる。そして、私を見ると、嬉しそうな顔をするもの、驚いた顔をするもの、様々だ。二礼四柏手一礼の作法でお参りをしてくれるのはこれまで通りだが、すぐそばまで来て、私を撫でまわしているみたいだ。撫でまわされても、頭は金属でできた頭覆いで守られているし、胴体は金属でできた永遠巫女様の装束を身に着けているし、腕や脚は全く感覚がないので、わからないんだけど…。永遠巫女様は、畏れ多くて触ることは許されないけれど、私のありようはまだ人間なので、おさわりOKということなのだろう。だからと言って、物欲しそうな顔をして、長い時間撫でまわすというのは、いかがなものだろうか。どうせ硬い金属の手触りしか…、いや、腕や脚はゴムをかぶせられているとは言え、生身だから…。
やめてぇーっ。
お願いだから、物欲しそうな手で撫でまわるのはやめて。気持ち悪いから…。
朔日と十五日には、顔が見える状態で。それ以外の奇数日は、顔の前のガラスの上に金蒸着のカバーが被せられた状態で。参詣客にお参りをされ、撫でまわされる日々が続く。季節は移ろい、暑い季節がやってきた。とは言え、標高が高く、森に囲まれているので、そこまで暑くはならないのだけど。
暑い季節になると、夕立がある。夏も終わりが近づくと、山間なので、朝は晴れていても、夕方になると真っ暗になり、雷鳴が鳴り響き、土砂降りの雨という日が多くなる。参詣客は午後の暑く、また夕立の可能性がある時間帯を避けるので、午前中しか来ない日が多くなる。
その日は、参詣のある日ではなく、終日扉が閉じられていた。陽が落ち始めたころに、あたりが真っ暗になる。
また、夕立かぁ…。
何もないときでも、頭覆いが付けられたままなので、あたりに雷鳴が鳴り響いても、土砂降りの雨音も、全く聞こえない。そういう意味では、雷鳴で驚くことがないのは、ありがたいのだけど…。稲光で、あたりが一瞬真っ白になるのは、怖い。
偶然、側殿のすぐ裏手に落雷があったみたいで、裏手側から強い光が入り、閉じられている扉に、私の影がくっきりと浮かび上がったのが見えた。
…!
浮かび上がった影には、腕も、脚もなかった。永遠巫女様のトルソーそのものの形の上に丸い頭覆いが載っているシルエットが、くっきりと浮かび上がったのだ。
『ばっしの儀』って、腕と脚を切り取る儀式だったんだ…。
今さらながらに、理解してしまった。あと、首を外されれば、永遠巫女様そのものになってしまう…。
正殿に祀られている永遠巫女様の真実に気が付いてしまった。あの中には…。
次の秋祭りに執り行われる『とわの儀』は、それをするための儀式なんだ。
今度は、私が永遠巫女様そのものになるんだ…。
幼いころから母に、『あなたは、永遠巫女になるんだから』と言われ、育てられてきた。今、やっとその言葉を理解できたような気がする。幼いころから、ちゃんと教えられてきていたのに、その本当の意味を、今の今まで理解できていなかったのだ。
不思議と、恐怖も、逃げたいという気持ちも、おきなかった。すでに、後戻りができなくなっていることに気が付いてしまったから。でも、それよりも、永遠巫女になると教えられ、育てられてきたからという理由の方が、大きかったかもしれない。
今は、八月の中頃だろうか。後、二か月。それまでの間、悔いのなうように生きていこう…。
7. とわの儀に向けて -さよ視点-
まきは、数日で回復してくれた。縫合した傷口がふさがり、浸出液も出てこなくなったし、体の方も、発熱などが治まり、体温も脈拍も正常域を保つようになってくれた。
まきは、旧暦五月十五日に、一月ぶりのご尊顔拝謁の参詣日を側殿の表で迎えることができた。この日から、まきは、表の土間ではなく、上がり框に据えられて、参詣客を迎えることになる。さらに、入り口の柵が取り去られ、参詣客が中まで入ることができるようになる。
永遠巫女様は、畏れ多い存在であるし、正殿の奥、永遠大神様の隣に祀られているので、参詣客は遠くからしか見ることができない。集落に住まいする人たちが永遠巫女様を目の前で見ることができるのは、『とわの儀』の直後に輿に載せられて境内を一回りする時と、『そうどうの儀』を終え、魂が抜かれた永遠巫女様が、代々の永遠巫女様が祀られる塚に納められるために輿で運ばれるときの二回だけ。それも、四十年毎にしか巡ってこない。
まきは、まだ、永遠巫女様になるための儀式を受けていないので、ありようとしては、人間である。しかし、すでに永遠巫女様の装束を身に着けているし、四肢が取り去られ、永遠巫女様と同じように肩口と太腿の付け根を閉じられているので、永遠巫女様のトルソーの上に頭覆いが載っているような状態だ。参詣者たちは、その姿にありがたみを感じるようで、その多くは、『撫仏』のように、まきの体を撫でていく。中には、物欲しそうな眼をして、執拗に撫でる輩もいるのだけど…。次代の永遠巫女様に親しみを感じていただくことは大切なことであるので、傍まで近寄って撫でるということについては、禁じられていない。様子を見ていると、まきは、体を撫でられるということについて、あまりうれしく思っていないようだけど…。
側殿の裏手に大きな雷が落ちた翌日から、まきが変わった。それまでは、どちらかというとぼんやりしていて、受動的に生きているという感じだったのだが、目が真剣みを帯びるようになった。運命から逃れるためのすきを窺っているような目ではない。どちらかというと、運命を受け入れたうえで、真剣に生きようとしている目だ。一体、何があったのだろうか。
参詣客に体を撫でまわされても、いやな顔をすることはなくなった。むしろにこやかに、しかも慈しみを持った目で、参詣客の行為を受け入れている。永遠巫女様になるという自覚が生まれたのだろうか。
まきが真剣になるなら、私も真剣にならなければ…
空いている時間を利用し、奥の院に登り、滝に打たれる行をするようにした。
せめて少しでも清い心で、『とわの儀』に臨みたいから。
そのためにも、まきに謝らなければ…。
8. とわの儀 -まき視点-
秋の祭りの二週間前は、最後の参詣の日となる。私が、永遠巫女様になるための修行をしている人間として、参詣に来てくれる人に会える最後の日だ。
朝、扉が開けられると、続々と人がやってきてくれた。その中には、学校の同級生だけでなく、先輩や後輩もいた。ほとんど話をしたことがなく、顔を見たことがあるだけ人たちも。同級生や先輩のうちの幾人かは、大きな街の高校へ進学して、下宿していると聞いていたが、わざわざ会いに来てくれたのだ。中には、体を抱きしめて、涙を流してくれる人もいた。
私は、大丈夫。しっかりとお務めを果たすからね。