白色的墙壁上,靠着一块粉彩颜色的背景板。淡蓝色的底面上,散落着粉色和黄色的星星。面板前方的地板上用保护胶带贴出了一个方形框,两侧的落地灯两盏,只将那方形区域照得明亮。
扬声器里流淌出明快的流行乐。轻快的合成器音色,跳跃般的节奏。原本嘈杂的房间,渐渐安静下来。
深处的门开了。
最先出现的,是一只戴着手套的白手。手指啪地张开,轻轻挥动。接着,一颗大脑袋微微倾斜着,像要穿过门框似的探了进来。
日向在穿过门口的地方站定,转动脖子环顾了一圈房间。栗色的头发左右摇晃。大大的眼眸闪闪地反射着光芒,下面嘴巴大张着。口腔深处是红色的。那是一张满面笑容的脸。
掌声响起。参加者们一齐举起手机,朝向日那边。
日向在胸前合起双手,像蹦跳似地轻轻低头。抬起头后,再次挥动双手。工作人员走近,用手示意脚下的台阶。日向将指尖搭在那只手上,小心翼翼地迈过那一级台阶。大脑袋上下晃动着。
站到面板前的方形框里,日向转了一圈。水蓝色连衣裙的裙摆轻轻扬起,露出白色紧身裤袜的双腿。转回正面时,她歪头向右,把双手举到胸前,用手指比了一颗爱心。左脚跟向后,轻轻一蹦。
快门声叠成一片。
“好可爱——”
有人出声。接着是别的声音。
“日向酱,这边。”
日向朝声音的方向转过头。保持着比心的姿势,整个人转过去。重新翘起脚跟。又是快门声。
\* \* \*
拍摄的队伍沿着墙壁延伸。有背着双肩包的人,有胸前挂着单反的人,有双手紧握手机的人。队伍每前进一点,某人背包上的挂件就跟着摇晃。
第一个人走到方块前。双手在空中比划着什么形状。日向用力点点头,把双手贴在脸颊上,左右摇了摇脑袋。像是害羞的举止。队伍里传来细小的笑声。
下一个人,要求比个剪刀手。日向用双手做出剪刀手,贴在眼睛旁边,歪了歪头。
再下一个人,要求挥挥手。日向大幅挥动双手,然后单手飞吻。手套的指尖在大张的嘴前啪地张开。
日向一句话也不说。房间里能听到的,只有音乐、快门声和参加者们小小的欢呼。每当日向响应要求时,就会响起啪嗒一声拍手的声音。那就是日向的回答。
列在前进。日向每一次都摆出指定的姿势。
面对站在正前方的人,便正对着。头向右歪,胸前比一个爱心,左脚跟向后轻轻跳起。
面对踩在梯凳上的人,便仰起头。仰起的脸上带着笑。
面对跪在地板上的人,便低下头。俯下的脸上带着笑。
面对从正侧面拍摄的人,就侧过身。大头的轮廓、比出爱心的指尖和跳起的脚跟,连成一条线。从侧面看去的嘴角,也依然带着笑意。
无论是第几个人,日向的姿势都不曾松懈。房间里因为灯光的热度渐渐升温,但日向的动作和最初一样轻快,一样细致。表情也完全没有变化。
脚立に乗った参加者が、降りながら言った。
「ありがとう、すごく嬉しい」
ひなたは両手を合わせて、お辞儀をした。顔を上げると、次に進んでいこうとする参加者に手を振る。
列の最後の一人は、老婦人だった。白い髪を後ろでひとつにまとめ、小さな花柄のワンピースを着ている。四角の前まで進むと、ゆっくりと膝を折って、ひなたと視線の高さを合わせた。
「わしは、テレビで君を見てからずっとファンじゃった」
ひなたは首を傾げ、手袋の手を両方、膝の上に重ねた。
「会えてうれしい。手を握ってくれんか」
ひなたは両手を差し出した。老婦人はその白い手袋の手を、そっと握る。シャッター音が鳴る。老婦人がひなたの手を離して、小さく頭を下げる。ひなたも同じように、深くお辞儀を返した。
ひなたの番は、まだ終わらない。列は絶え間なく続いている。ひなたは頭を右に傾げ、ハートを作り、かかとを跳ね上げる。
\* \* \*
「そろそろ、お時間になります」
スタッフの声に、列から残念そうな声が漏れる。まだ撮れていない参加者が数人いたが、ひなたは両手を合わせてぴょこんとお辞儀をした。参加者たちが拍手を送る。
ひなたは両手を振って、奥の扉へ向かう。扉の前で一度振り返り、もう一度大きく手を振る。拍手が大きくなる。ひなたは大きな頭を少し傾げて、最後にもう一度だけ手を振り、扉の向こうへ消えていった。
「お疲れさまでした」
ひなたは奥の部屋に入って、のびをした。胸の前で両腕を伸ばすと、頭の上で指をぱちぱち鳴らす。息を大きく吐く。首を回すと、栗色の髪が揺れて、肩からさらりと落ちる。
天井の照明が、白い光を落としている。部屋の隅には、ハンガーラックが二台並び、衣装や小物がかかっている。扉のそばには大きな鏡と、化粧道具の入った鞄。受付からここまで案内してくれたスタッフが、パイプ椅子を一脚、部屋の中央に置いてくれた。
「おつかれさまです、ひなたさん」
スタッフは男性だった。スーツの上着を脱いで、ワイシャツの袖をまくっている。首から係員証を下げていた。ひなたの目の前まで来ると、軽く頭を下げる。
ひなたは手袋の手を合わせ、ぽん、と鳴らした。ありがとう、の意味だった。
「お茶を、用意しておきますね。今日はこのあと、一時間ほど撮影があります。ご予定はよろしかったですか?」
ひなたは両手で丸を作った。オーケーの合図。スタッフの男性は、安堵したように笑った。
「すみません、今日は慣れてないスタッフが多くて。何かあれば、お手を振っていただければ飛んでいきますので」
ひなたは手を振って見せた。大きく、ゆっくりと。心配ないですよ、という意味で。
スタッフが壁際の机に戻っていく。
ひなたは隣のスツールから、黒い板を取り出した。
ボードには「あなたの名前を、わたしの頭の上に」と書かれている。ひなたはボードの裏面をスタッフのほうへ向けて、表の文字が読めるように抱え直す。スタッフが小さく頷いて、手元のタブレットを操作した。ひなたは少し間を置いて、ボードを足元に置き、再びカメラの前に立った。
次の参加者は、三十代半ばの女だった。ボブの髪を耳にかけ、白いブラウスに紺色のタイトスカートという姿だった。
女はスマホを取り出して、ひなたに何かを見せた。何かのキャラクターのイラストが描いてあった。スマホの画面をひなたのほうに向けたまま、女は四角の外に立って、自分のスマホの画面を見つめている。
ひなたはイラストをしばらく見て、それから両手で頬を挟むようにして、口を大きく開いた。
「あ」
声にならない声が、口の形だけで紡がれる。ひなたは両手を頬に当て、首を傾げた。ポーズを覚えたらしい。スマホを構えた参加者に向かって、そっくりな表情を作ってみせる。
シャッター音が鳴る。参加者はスマホの画面を確認して、笑顔で小さく会釈した。ひなたも両手を合わせて、お辞儀を返す。
次の参加者は、背中で手を組んで首をかしげるポーズを頼んだ。ひなたはその通りにして、首を傾げた。
その次の人は、何か相談するように手を口元に当てた。
ひなたは両手の指先を自分の口元にそっと当て、首を少し傾げて、相手を見つめた。シャッター音。参加者がスマホを下ろすと、隣にいた友人が嬉しそうに声を上げた。二人は小さくハイタッチをして、ひなたに手を振って、列を離れていく。
ひなたは、その背中に向かって手を振り返した。手袋の手が、ひらひらと揺れる。
一度、休憩が入った。
ひなたがスタッフの案内で奥の扉から出ていくと、参加者たちは思い思いに体を動かしたり、持ってきた飲み物を飲んだりしていた。列は途切れたが、先頭の辺りから新しい人が続々と並び始める。四角い枠の中に、スタッフが次の撮影のための台を置いている。
ひなたは、楽屋で水を飲んでいた。
白い部屋の中央に長机が一脚。その上に、サーモスの水筒と紙コップ。ひなたは給水所の前で立ち、コップの水を飲む。喉が鳴る。飲み終えると、手をのどに当てて、音を確かめるようにした。
隣で、マネージャーらしき男がスマホを見ている。ひなたはコップを置き、水筒の横に置いてあったスマホを手に取った。ロック画面には、何件かの通知が表示されている。ひなたはスマホを裏返しに置いた。
スタッフの一人が、ペットボトルのキャップを開けて、ひなたの前に置いた。ひなたはコップの水を飲み干すと、机の上に置かれたペットボトルの水を、キャップから少しだけコップに注いだ。
喉を潤し終えると、ひなたは両手を胸の前で合わせた。何か祈るような仕草に見えた。スタッフがコップを受け取り、ひなたは両手を下ろす。顔を上げて、次の参加者に向き直る。
ひなたは、準備ができると、首を右に傾げて、胸の前でハートを作る。左のかかとを跳ね上げる。手袋の手のひらが、ぽん、と鳴る。
シャッター音。
\* \* \*
列がとうとう途切れた。最後の参加者が、壁沿いの机で受付をしているスタッフのほうへ歩いていく。
ひなたはハートを作ったままの姿勢で、ぽつんと四角の真ん中に立っていた。スタッフがひなたのそばへ駆け寄り、何かを告げる。ひなたは両手を下ろし、ぽん、と手を叩いた。
ひなたはスタッフの案内で、奥の扉へ歩いていく。頭のてっぺんが、スタンドライトの光でてらてらと光っている。扉をくぐる直前、ひなたは振り返って、大きく手を振った。会場の残りの参加者たちから、拍手が起きる。ひなたは両手を合わせて、頭を下げた。そして扉の向こうへ消えていった。
扉が閉まったあと、ひなたは壁にもたれて、深く息を吐いた。天井を見上げると、白いライトが目に染みる。まぶたを閉じる。しばらくそのまま動かなかった。
目を開けると、マネージャーの白井が立っていた。白いシャツにスラックスという、雑誌の切り抜きのような服装。いつものことだが、黙っているととても真面目な人に見える。本人はそれを気にしていて、冗談を言うときは決まって口元を隠す癖があった。
「おつかれさま。二本目、行ける?」
白井はタイムスケジュール表を指先で弾きながら、ひなたの顔をのぞき込んだ。口元を引き締め、笑顔を噛み殺すような表情をしている。
ひなたは、首を傾げて見せる。それから両手で大きく丸を作って、小さく跳ねた。
「元気いっぱいね」
白井は手帳に何か書いた。ひなたは手袋の手を二回叩く。
「終わったら着替えて、次の現場ね。車、回してあるから」
ひなたが両手を合わせて、ぺこりと頭を下げる。白井はそれを見て、小さく鼻で笑った。
「無理すんなよ」
ひなたはもう一度、ぴょこんと頭を下げた。大きい頭の分、頭を下げるとゆっくり見える。
「ひなたちゃん、お待たせ」
隣のブースから、ひなたと同じ制服を着た女の子が、ぴょこんと頭を下げて現れた。手袋をはめた手で裾を整え、隣に並ぶ。
ひなたと同じ、大きな頭。ひなたと同じ、大きな瞳。ひなたと同じ、明るい声。だが、ひなたよりひとまわり小さく、ふわふわとした桃色の髪の毛先が、肩のあたりで揺れている。
「すず、おつかれさま」
ひなたが言った。口が大きく開く。赤い布の奥が見えた。
すずは、ひなたより少し低い。ひなたが並ぶと、大きな頭が二つ並ぶことになる。
「ひなたちゃんも、おつかれさま」
すずが言う。すずの口も、大きく開いていた。口の奥は赤い。ピンク色の手袋の手を、ひなたの白い手袋にぽんぽん、と二回重ねる。
「ごめんね、急に呼び出して」
「ううん、撮影入るって聞いたときはびっくりしたけど、ひなたちゃんに会えるなら嬉しいよ。それに、ツーショットでラバーが映るのは初めてだね」
すずが言って、手に持ったカメラを少し掲げた。参加者がひなたの隣に並ぶとき、壁側から被写体を撮る係がいた。それがすずだった。タイツのすねを写すことのできる距離に、レンズを向けて立っている。
「今日も出張撮影?」
「うん、午前中だけ。午後はバイトだよ」
すずは白い靴下のまま、床にしゃがみこんだ。カメラのモニターを開き、撮影した写真を確認する。小さな画面の中のひなたは、今日も可愛い。
「バイト、何してるの?」
ひなたは、しばらく答えなかった。口を大きく開けたまま、何かを考えているようだった。やがて、くるりと一回転して、白い手袋の指先を自分の鼻先に当てる。
「……黙って、お客さんを楽しませる仕事、かな」
ぽん、と手を叩く音。
「ひなたちゃんは、あれで全部、気持ちを伝えてるんだね」
「うん。伝わってるかな」
「伝わってるよ。みんな可愛いって言ってる」
ひなたは、手袋の手を目の高さまで上げた。掌を自分のほうに向け、ゆっくりと首を傾ける。中の手が動いて、指先が小さく動く。それだけ。目に見える変化は、それだけだった。
ひなたは返事をしなかった。
「あー、ねむ。目がちかちかする」
撮影会が終わって、ひなたは控室に戻っていた。パネルやライトはスタッフが片付けている。参加者たちは、受付の横に置かれたアンケートに記入していた。
ひなたは壁際の長椅子に座って、頭の被り物を引き抜いた。中は汗でびっしょりだった。髪の毛が額に張り付いている。ひなたは手袋を外し、顔の周りの汗を手の甲で拭った。
「おつかれ」
ひなたの隣で、スーツ姿の男がスマホを操作している。ひなたのマネージャーだった。肩までのびた髪を後ろでひとつに結び、眼鏡の奥の目は笑っている。顔の下半分は、分厚い本を逆さまにしたような形をしていた。顎の先が輪郭からはみ出して、前に突き出している。
「今日、すごい人だったな」
「うん、楽しかった」
ひなたは両手で顔を隠して、ひょこひょこと頭を揺らした。大きな頭に合わせて、小さな体全体が揺れる。元気です、ということを伝えるときの癖だった。
アシスタントの女性が、ペットボトルの蓋を開けて差し出した。ひなたはストローを挿してもらい、一口だけ飲む。頭を動かすときは必ず首を振って、ゆっくりと。
「お疲れさま」
アシスタントの女性が言った。ひなたは両手を合わせて、お辞儀をした。
ひなたの声は、手袋の奥にしまわれている。口は大きく開いているが、その奥の赤い布は、一枚も動かない。ひなたの代わりに声を出す者は、誰もいない。
部屋の隅の机に、紙コップが置かれていた。アシスタントがストローを差した飲み物を、ひなたの口元に持っていく。ひなたはそれを静かに吸った。
「休憩、入ります」
スタッフの声に、参加者たちから小さなため息が漏れる。ひなたはぱちん、と両手を合わせ、お辞儀をしてから、奥の扉の向こうへ消えていった。
ひなたは楽屋で、ゆっくりと息を吐いた。頭に被っていた大きな造形物を机の上に置き、首を回す。首を覆っていたスーツのチャックが、あごの下まで開けられる。汗で張り付いたインナーの襟元を、指で少し引っ張って、風を通した。
「すごいね、ひなたちゃん。今日も大人気だったね」
背後から声がした。振り返ると、マネージャーの早瀬が立っていた。パーカーにスニーカーというラフな服装で、スマホを片手に持っている。ひなたは笑って首を横に振った。
「わたしの力じゃないよ。中の人が頑張ってるんだもん」
「何言ってるの、中の人がひなたちゃんでしょ」
早瀬はそう言って、スマホの画面をひなたに向けた。そこには、先ほどのツーショットの写真が表示されていた。ひなたと参加者。二人で一つのハートを作っている。
「可愛い顔してるよ。君は」
ひなたは画面をき込み、それから、へへ、と笑った。
「……嬉しい」
「もう一枚、撮る?」
「いいの?」
ひなたはスマホをき込む。早瀬がシャッターを押す。ひなたの大きな顔が画面いっぱいに広がる。ひなたは、大きく口を開けて笑っている。画面から顔を離したとき、ひなたの目尻に、うっすらと涙の跡があった。
更衣室に戻ると、ひなたはまずスーツのジッパーを下ろした。背中に手を回して、ファスナーを引く。頭からかぶっている部分に手をかけて、ゆっくりと抜いていく。頭のてっぺんから、顎のライン、胸元と、スーツが顔を滑り落ちる。頬を押さえていた内側のパッドが外れ、手首まで通した手袋が、するりと抜けていく。ひなたは自分の顔を取り戻していく。
パネルやら照明やらが片づけられ、部屋が元の簡素な会議室に戻っていく。椅子を重ねる音。段ボールを折りたたむ音。参加者が書き込んだメッセージカードが入った箱が、部屋の隅に置かれている。
ひなたは更衣室でコスチュームを脱いだ。
Tシャツと短パンに着替える。乳白色のタイツを丁寧に畳み、ワンピースをハンガーにかける。大きな頭部だけを壁際に立てかけておく。
ひなたは、ため息をついた。
ひなたはスマホの待ち受け画面を開いた。時刻が表示される。終了予定時刻から、十五分ほど過ぎていた。
部屋の隅に置かれたスチール製のパイプ椅子に腰を下ろして、ひなたは天井を見上げる。白い天井に、蛍光灯が二本並んでいる。ひなたはその明かりを、しばらく眺めていた。
やがて、小さく息を吐いて、椅子から立ち上がった。
持ってきたバッグから、スマホを取り出す。電源を入れると、通知がいくつか表示された。グループチャットの既読数が、四桁に達している。アプリのアイコンを開くと、既読のついていない名前が、ずらりと並んでいた。ひなたは親指をゆっくり動かし、画面を下までスクロールした。 いちばん下に、一件だけ、既読のついていないものがある。差出人は「とおる」だった。
何度か迷って、ひなたはトークルームを開いた。本文を読む前に、まず既読ボタンの位置を指でなぞって確かめる。トークルームを開くと同時に、ひなたは迷わず既読ボタンを押した。
画面に「既読」の文字が表示され、その隣に、青い縦線と、ひなたのアイコンが並ぶ。トークルームに表示されたメッセージは、一行。
「仕事決まったよ」
それだけだった。ひなたは画面を見つめたまま、両方の口角を上げた。ゆっくりと、まるで口元が固まっているかのように。下唇を少し噛み、上目遣いに画面を見て、また口角を上げる。
ひなたは返事を打たなかった。スマホをロックして、手袋を脱ぎ始める。白い手袋の指先を、一本ずつ丁寧に抜いていく。手袋を脱ぐと、中から爪の先まで白い手が現れた。ひなたはその手を、日の光にかざして見た。深く塗り込められた白は、光を透さない。
ひなたは、つけまつ毛の上から目尻を指で押さえた。少しだけ赤くなっていた。涙が出そうになったときに、いつもそうする。今は涙は出ていない。ただ、目の周りが少し熱い。
ひなたは白い手袋の手を、顔の前でふわりと揺らした。指先から、香水の匂いがする。
シャワーのお湯を吐き出すヘッドが、床に落ちている。狭い脱衣所の壁に、赤いロゴのシャンプーと、色とりどりのボトルが並ぶ。小さな手拭きタオルが一枚、乾いた洗面台に置かれている。
ひなたは鏡の前に立っていた。水を滴らせた髪から、雫が首を伝い、白いシャツの襟に落ちる。シャツは肌に張り付き、ところどころ透けている。前を開けると、胸の部分が黒い布で塞がれている。背中のファスナーが下ろされ、首の後ろに黒いゴムのループが覗いている。ゴムを外し、頭を前方に傾ける。大きな頭が、ばかりっと落ちる。
頭部が空になった。
肘から先の手袋を外すと、白い手が現れた。指を曲げて、何度か握ったり開いたりする。足首のチャックを開け、脚を抜くと、中から細い、白い脚が出てくる。頭部と手袋とタイツが、床の上に置かれた。
しばらくの間、ひなたはそのまま立っていた。ウィッグの上に被っていた帽子を、あごの下で止めていたゴムを外して取る。頭を振って、髪を散らす。少し汗ばんでいる。ライトの熱で、額の生え際がじっとりとしていた。
壁際の台の上に、スポーツドリンクのペットボトルが置いてある。ひなたはそれを取って、ゆっくりと半分ほど飲んだ。口を離して、ふう、と息をつく。それから手のひらで額の汗を拭った。
「みんな、かわいいって言ってくれるね」
ひなたは、パネル越しに聞こえる声のほうへ顔を向けた。実際にはパネルは視界の邪魔をしているだけで、壁の向こうの声は聞こえない。きっと、またシャッター音が鳴っているのだろう。
もう一度、ぽん、と手を叩く。
(これでいい)
ひなたは手袋の手を膝の上に置いて、少しだけ首を傾げた。時間を確認するために、壁の時計へ目をやる。時計の針は、十五時八分を指していた。あと、四十二分。
四十二分を、ひなたはどうやって過ごしているのだろう。
待合室のベンチに座って、一郎はスマホの画面を見つめていた。開いているのは、イベントの参加要項のページ。注意事項がずらりと並んでいる。
「撮影は、お一人につき一枚、ポーズはあらかじめ決められた中からお選びいただきます」
「混雑状況により、お一人あたりの撮影時間が短くなることがあります」
「会話によるコミュニケーションはできません」
一郎はその行まで読んで、スマホを置いた。ひなたの顔を知らない誰かと会話する、という感覚を想像するのが難しかった。会話というよりは、むしろあれは、顔を見て、表情に言葉を乗せてもらう、というやりとりに近い。ひなたの言葉は表情の中に全部詰め込まれていて、口を開けば何かが出てくる、というわけではない。
いや、いまはどうなんだろう。
一郎は三年前、ひなたがこの「部屋」を出てから一度も、その口から言葉を聞いていない。
思い返せば、初めて会ったときから、ひなたは何かを隠しているように見えた。
一郎が二十五歳のとき、友人に誘われて動物カフェに行った。その店は、保護された動物たちを迎え入れていることで評判だった。一郎は動物が好きだった。写真を撮るのも好きだった。友人の話では、店内で動物と触れ合いながら、写真を撮って楽しめる、ということだった。
動物カフェは、オフィス街の裏通りにあった。地下へ続く階段を下り、重いドアを開けると、薄暗い店内に暖かい空気が流れ込んできた。木の棚に猫が何匹か寝そべっている。床では、白い犬が客の一人に頭を撫でられて、気持ちよさそうに目を閉じている。
友人と二人で、入口近くの席に座った。注文を取りに来た店員に、友人はミルクセーキ、ひなたはアイスティーを頼んだ。
カウンターの隅に、ひとつのガラスケースがある。中には動物のパペットが並んでいた。布でできた指人形がいくつか。ひなたは何気なくそれを見ていた。友人と会話をしながらも、目だけはそのケースのほうを向いている。
「あ、これ知ってる」
友人が指さしたのは、水色の生地に、ピンクと黄色の星が散らばった小さなぬいぐるみだった。ひなたは指先をガラスに向けて、小さく頷いた。
「撮影会のやつ」
ひなたの言葉に、友人がうなずく。
「そのぬいぐるみ持ってるの?」
ひなたは首を横に振った。
「どうせすぐ無くなるんだよ。たまにしか出ないキャラでさ」
「ふうん」
友人はそれ以上追及しなかった。
ひなたは、その星のぬいぐるみのことを思い出していた。淡い水色の地に、ピンクと黄色の星が散らばった、あのパネルのことを。
部屋に流れる音楽は、最初の曲から次の曲へ切り替わっていた。同じように明るいテンポだが、メロディは別のものになっている。ひなたは決めポーズを崩さない。撮影の列は、着実に短くなっていく。
「そういえば」
並んで待っていた女の一人が、隣の男に話しかけた。
「ひなたちゃんって、喋らないの?」
「ああ、うん。多分喋らないんだ。この前ツイッターで見たんだけど、キャラクター設定で、喋らないって決まってるらしいよ」
「へえ。でも、ツーショットのとき、参加者から話しかけられたらどうしてるんだろう」
「うーん、多分、頷くだけなんじゃないかな。あと手をぽんぽん叩くのとか」
男がスマホの画面を女に見せた。そこには、ひなたが手袋の手を合わせて、ぽん、と叩いているところが写っている。撮影の合間に誰かが撮った一枚だった。
「まあ、喋らないのも可愛いけど」
女は言って、少し間を置いた。
「ねえ、あのスリットって、目は見えてるのかな」
「どうだろう。あれだけ動ければ、見えてるんじゃないか」
「中から見たら、どんなふうに見えてるんだろうね」
「わからない。聞いてみる?」
「聞けないよ」
女は笑った。男も笑った。
男の番から二組後のことだった。先に進んでいた列が急に止まり、数人の参加者が輪になって何かを見ている。ひなたのところまで、ひそひそ話が漏れ聞こえてくる。
「あれ、動いてる?」という声と、「動いてないよね」という声と、「でもさっき動いたように見えた」という声。
ひなたは首を傾げた。動く、とは何のことだろう。
輪の中心から、若い男が顔を上げた。手のひらにスマホを載せ、それをくるくる回しながら輪を抜けて、ひなたの前に進み出る。男は片手を挙げて、ストップの合図をした。撮影の列が止まる。
ひなたは首を傾げたまま、男を見上げていた。
男はスマホを、ひなたの顔の正面に掲げた。画面の下に小さな波形が映り、音声認識が動いていることを示す。ひなたは画面を見つめ、少しだけ首を傾け直した。声は聞こえない。部屋に流れる音楽と、参加者たちのざわめきが、スピーカーの向こうから聞こえるだけ。
男は何か話しかけたが、ひなたは首を傾げたまま動かない。男はもう一度、少し大きめの声で話しかけた。ひなたは大きな瞳をぱちぱちさせて、それからゆっくり首を横に振った。
「ごめんなさい。聞こえません」
男性スタッフがすばやく歩み寄り、男に話しかけた。声は聞こえないが、おそらく大きな声は苦手です、と説明しているのだろう。男はスマホを見せ、何かを伝えようとする。スタッフは首を傾げ、困ったように後ろのスタッフと言葉を交わした。
ひなたは隣で、静かに笑っていた。口を大きく開けたまま、その形を変えない。
撮影が終わって、男は小さく会釈をして、四角から離れていった。
次の人も、その次の人も、ひなたは変わらない。
首を右に傾げ、胸の前でハートを作り、左のかかとを跳ね上げる。シャッター音が鳴り、ひなたは両手を合わせて頭を下げる。それが一巡ごとの、決まった流れだ。
時計の針が三時の位置を過ぎても、列はまだ続いている。ひなたは同じペースで、同じ笑顔で、一人ずつ相手をしていく。
部屋の空気が、少しずつ暑くなってきている。ライトが照らす四角の中は、そのほかの場所よりさらに暑い。ひなたの額は、マスクの上からでも分かるくらいに、うっすらと汗をかいていた。それでも、ポーズは止まらない。
参加者の一人が、首を傾げた。
「そういえば、ひなたは何で喋らないの?」
その声に、周りの何人かが笑った。
ひなたは、首を傾げたまま、ぽん、と手を叩いた。それだけだった。
列が、途切れた。
予定の人数が全員終わったらしい。スタッフが近づいてきて、ひなたに次の休憩場所を手で示した。ひなたは大きく頷き、ぽん、と手を叩く。
参加者たちは、それぞれスマホをしまい始める。部屋の中のスピーカーからは、相変わらず明るいポップスが流れている。誰かがスタッフに声をかけると、音楽が少しだけ小さくなった。
ひなたは四角の
“谁来、救救我”
男人的手,捂住了日向的嘴。
手掌从那张大张的嘴上方按了下去。声音变得闷闷的。红布深处,惨叫被碾碎,变成了卡在喉咙里的呜咽。
日向戴着手套的手,抓住了捂住她嘴的那只手。指尖用力弯曲,像是要抠进去。可手套的指尖只是在男人的手背上滑来滑去。
“腿。”
中年男人简短地说。
年轻男人把手臂伸到日向双膝后方,将她抬了起来。日向的身体悬在半空。中年男人从身后抱住她的腰,一只手继续捂着她的嘴,两人合力把日向往外抬。
日向用力踢蹬双腿。穿着白色连裤袜的脚在空中乱踹。连衣裙的下摆翻卷起来。年轻男人加力把她的膝盖压向胸口,死死按住。
闷住的哀鸣断断续续地回荡在走廊里。三个影子交替经过荧光灯明亮和昏暗的区域。
他们经过了休息室的门口。
尽头的卷帘门越来越近。外面的光线越来越强。
钻过卷帘门,搬入口前停着一辆白色面包车。引擎已经发动。废气的味道混在灼热的空气里。
驾驶座上坐着一个男人。黑色T恤,外面套着类似工作服的夹克。他一手搭在方向盘上,隔着车窗看向这边。
日向的脸转向那个男人。
是拍摄会上,给日向拍了好多照片的男人。正面、侧面,蹲下来从下往上。
日向挣扎得更猛烈了。在捂住嘴的手下,悲鸣膨胀又碎裂。
滑门哗啦一声打开。
中年男人先上车,把日向的身体拖进车内。年轻男人把她的脚推了进去。日向用戴着手套的手,抓住了正要关闭的车门边缘。
年轻男人把她的手指一根一根掰开。
车门关上了。
车门一关,外面的声音就远了。
厢式车的后座,所有车窗都贴着黑色薄膜,虽然是白天却很昏暗。空调出风口吹出温吞吞的风。地板上散落着纸箱碎片和空的塑料瓶。
日向被夹在中年男人和年轻男人中间。大脑袋几乎要撞到车顶,只能微微歪着头坐着。
中年男人从夹克口袋里拿出了什么东西。黑色的束线带。他抓住日向的两只手腕,在胸前交叠。
日向扯动手臂。她扭动着手腕,想从男人手里挣脱。男人用一只手重新抓住她两只手腕,另一只手缠上束线带。伴随着一声细微的“吱”响,束带勒紧了。隔着乳胶手套,她的双腕被绑在一起。
“不要”
日向的声音在狭窄的车内响起。
“放我下去。求你了,放我下去”
日向用被绑住的双手推着中年男人的胸口。她乱踢着腿。白色裤袜的脚踢向前面座位的靠背,又踢飞了地板上的塑料瓶。
“求你了,让我回去。让我回去”
声音在颤抖。啜泣的气息混进话语的间隙。哭声从红色布料的深处漏出来。
中年男人低头看着日向的脸。
大大的眼睛。粉色的脸颊。张得很大的嘴。那张发出哭声的嘴,嘴角漂亮地向上扬起,是满脸笑容的形状。
“你一直笑嘻嘻的”
男人饶有兴趣地说。
“很开心吗”
日向猛烈地摇头。大大的脑袋左右摇晃。可无论怎么摇,脸上都在笑。
驾驶座的男人用手指轻轻调整了一下车内后视镜。镜中映出日向的脸。
“嘴上说着不要,表情倒是很诚实嘛”
男人短促地笑了一声,挂上挡。
车开动了。
\* \* \*
年轻男人按着日向的膝盖。
他双手从上往下按住膝盖,每当日向的腿踢蹬时,就加上体重把她压回座位上。日向扭动被按住的膝盖,想往旁边逃脱。在年轻男人的手掌下,裤袜的膝盖一次又一次地打滑。
哭声一直在耳边。
“求你了,求你了……”
声音被抽泣打断。吸气的声响,在红布后面抽搐着。
“求你了,拜托”
年轻男人的手上,一瞬间卸了力。
日向的腿弹了起来。
获得自由的右腿踢中了侧滑门。咚的一声,车体发出响声。又是一下。又是一下。日向把身体朝门的方向探出去,被束住的双手伸向车门把手。
“别松手!”
中年男人怒吼道。
原本平静的声音,一下子变了。狭窄的车内空气,猛地一震。
“想让她跑了?”
年轻男人慌张地压住日向的腿。胸口压在膝盖上,用体重把两条腿一起压回座位。日向的脚在男人背后扑腾。渐渐地,不动了。
中年男人抓住日向伸向车门把手的双腕,拉了回来。握住扎带束住的地方,按到日向胸前。
“没有下一次了。”
男人的声音,又恢复了平静。
年轻男人趴在日向的膝盖上,没有抬起头。
\* \* \*
车继续行驶着。
车窗外面,隔着黑色薄膜,只有模糊的光线在流动。不知道在往哪里开。右转。直行一段。左转。在信号灯前停下,又开动。
日向已经不挣扎了。
双手腕被中年男人握着,双脚被年轻男人压着,她沉在座椅里。那颗大大的脑袋,随着车的晃动轻轻摇着。
红色布料的深处,传来啜泣声。
「让我回去……」
沙哑的声音。像是没有人会听见似的,小小的声音。
中年男人握着日向的双手腕,将她从门把手前拽了回来。他捏住束线带扎紧的地方,把她的双手压到胸前。
“没有下次了。”
男人的声音,又恢复了温和。
年轻男人趴在日向的膝盖上,没有抬起头。
年轻男人把日向的膝盖按着。
他两手从上方按住膝盖,每次日向的腿一弹,就用体重把她压回座位。日向扭动着被按住的双膝,想往旁边逃开。在年轻男人的手掌下,尼龙袜的膝盖一次又一次地滑动。
就在耳边,哭声一直持续着。
“求求你们,求求你们……”
哭声被抽噎打断。吸气的声音,在红色布料的深处发颤。
“求求你们,不要这样”
年轻男人的手,有一瞬间,卸了力。
日向的腿弹了起来。
获得自由的右腿踢向滑门。咚的一声,车身响了。再来一次。再来一次。日向像要把身体抛向车门似的,把被绑住的双手伸向车门把手。
“别松手”
中年男人喝道。
一直平稳的声音,骤然一变。狭窄车内的空气,猛地一颤。
“想让她跑了是吧”
年轻男人慌忙扑向日向的腿。他把胸口压在她的膝上,使上全身的重量,把两条腿一起按回座位。日向的脚在男人背下乱蹬。不久,便不动了。
中年男人抓住日向伸向车门把手的双腕,拉了回来。握住束线带扎住的地方,压在她的胸前。
“没有下次了”
男人的声音,又恢复了平稳。
年轻男人依旧压在日向的膝上,没有抬起头。
\* \* \*
车继续行驶。
窗外,黑色贴膜的那一边,只有模糊的光影在流动。不知道正驶向何方。右转。直行一段。左转。在信号灯前停下,又开动。
日向已经不再挣扎了。
左手腕被中年男人握着,双腿被年轻男人按着,她沉在座椅里。那颗大脑袋,随着车身轻微的摇晃,微微摆动。
红布后面,传来啜泣声。
“让我回去……”
沙哑的声音。小得像是在自言自语,谁也不会听到。
中年男人从夹克口袋里,掏出什么东西。黑色的束线带。他抓住日向的两只手腕,在胸前叠在一起。
日向挣动手臂。她扭动手腕,试图从男人手中抽脱。男人用一只手将她的两只手腕一起握住,另一只手缠绕束线带。咔嗒一声轻响,束带收紧。手腕在手套上方被束在了一起。
“不要。”
日向的声音在狭窄的车内回响。
“放我下去。求你们,放我下去。”
日向用被束住的双手推着中年男人的胸口。她使劲蹬腿。白色连裤袜的脚踢到前座椅背,又踢飞了地上的塑料瓶。
“求你们,放我回去。放我回去。”
声音在颤抖。抽泣的喘息夹杂在话语之间。红布深处,哭腔漏了出来。
中年男人探过头来看日向的脸。
大大的眼眸。粉色的脸颊。大张着的嘴。那张发出哭声的嘴,嘴角优雅地上扬,呈满面笑容的形状。
“你一直在笑啊。”
男人饶有兴趣地说。
“很高兴吗?”
日向剧烈地摇头。巨大的头左右摇晃。即使摇动,脸也还在笑着。
驾驶座的男人用手指轻轻拨动了一下车内后视镜。镜中映出日向的脸。
“嘴上说着不要,脸倒是很诚实嘛。”
男人短促地笑了一声,挂上挡。
车开动了。
* * *
年轻男人按着日向的膝盖。
他双手从上往下压住膝头,日向的腿每次弹跳,他就用体重把她压回座位。日向扭动被压住的膝盖,想往侧面挣脱。在年轻男人的手下,连裤袜的膝头一次又一次地打滑。
哭声就在耳边。
“求求你,求求你……”
声音被抽噎打断。呼吸的声音,在红布后面抽紧。
“求你了,所以——”
年轻男人的手上,只有一瞬,松了力。
日向的腿弹了起来。
获得自由的右脚,踢向滑门。咚,车身发出声响。再来一次。再来一次。日向把身体向门的方向扑出去,被束起的双手伸向门把手。
“手别松。”
中年男人吼道。
一直平稳的声音骤然一变。狭窄车厢里的空气,跟着剧烈震动起来。
“想放她跑吗?”
年轻男人慌忙扑到日向的腿上。胸口压上膝盖,使上体重,把她的两条腿一起按回座位。日向的脚在男人的背下蹬动,不久便不再动弹。
中年男人抓住日向伸向门把手的两个手腕,拉了回去。握住束线带捆住的地方,压到日向胸前。
“不会再有下次了。”
男人的声音,又恢复了平稳。
年轻男人覆在日向的膝盖上,没有抬起头。
\* \* \*
车继续行驶着。
窗外,黑色贴膜的那一边,只有模糊的光线流过。不知道开到了哪里。右转。直行一会儿。左转。在信号灯前停下,又再次出发。
日向已经不再挣扎了。
手腕被中年男人握住,双脚被年轻男人按住,她沉在座位里。大大的头随着车辆的晃动轻轻摇摆。
红布深处传来啜泣声。
“让我回去……”
沙哑的声音。像是没有人会听到一样,小小的声音。
中年男人用一只手握着她的双腕,另一只手拉开了旁边座椅上放着的运动包拉链。他拿出一个黑色的布质眼罩,凑到日向的脸前。
「お前、目のとこだけ開いてるんだな」
男は笑った。
「使いもんになんのか」
眼罩の下から、ひなたの目だけがのぞいている。大きな目が、濡れたように潤んでいた。涙で縁取られたまつげが、車の揺れで細かく震える。
男は眼罩を、ひなたの顔の上で広げた。
「やだ」
ひなたが、かすれた声を絞り出した。
「いや、いや」
「嫌がる顔も、笑ってるんだよな」
男はひなたの頭を掴み、眼罩をかぶせた。頭の後ろでバンドを留める。視界が、赤い布に遮られた。
男の手が、眼罩の上からひなたの目を覆った。次に鼻を、口を、指でなぞっていく。
「ずっと笑ってろよ」
男の声が近い。生温かい息が、赤い布の上にかかった。
「俺らが楽しい気分で仕事できるようにさ」
車が止まった。
ドアが開く。外の空気が流れ込んでくる。生ぬるいエアコンの風が消えて、昼間の空気がひなたの顔に触れた。
若い男が先に降りた。ひなたの右手首を掴み、車の外へ引っ張り出す。ひなたは足を地面につけると、降りた場所を確かめるように、きょろきょろと周囲を見回した。
赤い布の奥に見えたのは、青空と、灰色のコンクリートの壁だった。視界の端に、緑のネットが張られた鉄骨の柱。工事中の建物。
地面は、アスファルトの上に砂利が敷かれていた。滑りやすい。ハイヒールの足元が、不安定に傾く。
「歩けるか」
中年の男が、ひなたの肩に手を置いた。
ひなたは答えなかった。束ねられた両手を胸に当てたまま、うつむくようにして立っている。
「歩けないなら、担ぐぞ」
「歩ける」
ひなたは言った。声はかすれていた。泣き声が喉に張り付いて、言葉が乾いた音になった。
「降ろしてくれるんですか」
「それは無理だ」
中年の男は短く言って、運転席の男のほうを見た。運転席の男は、何も言わなかった。
若い男が車から降りて、周囲を見回した。人影はない。うなずいて、中年の男に合図を送る。
中年の男はひなたの手首を握ったまま、車から降りた。ひなたも引っ張られて降りる。
足元はコンクリートだった。さっきまでいた搬入口よりも、もっと狭い場所。鉄製の扉が、建物の壁に埋め込まれている。ドアの横に、インターホンがついていた。
中年の男が、インターホンのボタンを押した。中から、かん高い声が聞こえる。
「はい」
中年の男は何も言わず、ひなたの手首を握ったまま待っている。
しばらくして、ドアが内側から開いた。
「どうぞ」
こちらを見て笑っている。丸顔の、見覚えのある男だった。
「いらっしゃい」
男が、ひなたの顔をき込むようにして言った。短い髪。丸い顔。肉の厚い鼻。穏やかな印象の、でも決して細くはない体つき。ひなたの記憶にある男と同じ顔だった。
「待ってたんだよ」
男はひなたの顔を見て、満足そうに微笑んだ。汗で湿った額の赤い布の上から、ひなたの頭を撫でる。
「あの日から、ずっと」
ひなたは体を硬くした。男の手が頭の上で動いている。大きな手のひらが、頭の丸みを確かめるように、ゆっくりと撫でていた。
「人形みたいな顔だなあ」
男の声は、ひなたの頭の上から降ってくる。
「泣きそうで、笑ってる。変な顔」
ひなたは唇を震わせた。赤い布の奥で、声にならない音がこぼれる。かすかな、息のような声。
「やだ」
その声を聞いて、男は満足そうに笑った。ゆっくりと、ひなたの頭から手を離す。
「逃げんなよ」
そう言って、男はドアを閉めた。
扉が閉まると、倉庫の中は、また薄暗くなった。
ひなたは床の上に座り込んでいた。背後で、大きなシャッターが下りていく。光が徐々に細くなり、最後に、がらん、と金属音がして、闇が落ちた。
床はコンクリートだった。湿った匂いがする。倉庫の中は、天井の高い空間に、段ボール箱が積まれていた。棚には、ビニールで包まれた荷物が並んでいる。ところどころに黒いビニールシートが掛けられた機械のようなものがある。
ひなたの両手首は、背中の後ろで結束バンドに縛られていた。足首も、ビニールテープでぐるぐる巻きにされている。大きな口には、新しい赤い布が、後ろ頭で縛られて詰められていた。
「こっちだ」
ひなたの肩を掴んで、中年の男が促す。ひなたは立ったまま、動かなかった。
手を引かれ、足を引きずられて、部屋の奥へ連れて行かれる。シートが敷かれた隅に、うつ伏せに倒された。頭が床に近づいたとき、ひなたは必死で首を起こした。大きな頭を、床に打ちつけないように。
男の一人が、ひなたの両足首を掴んだ。引っ張って、折り曲げる。踵をお尻に押しつけるようにして、結束バンドで足首を縛った。
これで、両手も両脚も動かせない。
ひなたは横を向いて、部屋の中を見た。
薄暗い部屋だった。コンクリートの壁。天井には裸の蛍光灯が一本。窓はなく、鉄のドアが一つ。湿った空気に、カビのような匂いが混じっている。
ひなたの体が、少し震えていた。
中年の男が、壁のスイッチを押した。蛍光灯が点く。部屋の中が明るくなった。
裸電球の下で、ひなたは座らされていた。
ダンボールの切れ端を敷かれた床の上。ワンピースの裾を直そうとして、両手首が結ばれていることに気づいて、動きを止める。細い結束バンドが、手袋の上から手首に食い込んでいた。
ひなたは、膝を抱えた姿勢で座っていた。背中を壁につけて、太い両脚を折り曲げ、白いタイツの足を揃えて床に置いている。赤い布は、目の下に下がってきていた。口だけが、大きく開いた笑顔の形で、あらわになっている。
窓のない部屋だった。天井の蛍光灯が、白く光っている。壁も床もコンクリートの打ちっぱなし。少し埃っぽい匂いがした。
ひなたは隅のほうに座らされていた。両手首は、まだ結束バンドで束ねられている。白いタイツの足首にも、新しい結束バンドが巻かれていた。手首と同じ色の、半透明の白。
ドアの前に、若い男が座っていた。背中を壁に預けて、膝を立てて、床に座り込んでいる。スマートフォンをいじっているようだった。時々、チチッ、と操作音が聞こえる。
中年の男の姿は、もうなかった。
車を運転していた男も、いなかった。
\* \* \*
部屋には、重い匂いが漂っていた。
古い木と、油と、黴の匂い。どこかで乾燥した土のような匂いも混ざっている。畳が敷かれた六畳ほどの和室だった。窓は一つ。ベニヤ板で打ち付けられていて、外の光が板の隙間から細く漏れていた。天井の蛍光灯が一つ、白い光を落としている。
ひなたは、畳の上に座らされていた。両手首を結束バンドで縛られ、背中を壁に預けている。大きな頭の重さで、首が少し前に傾いた。
泣き声は、もう止んでいた。赤い布が時々、小さく波打つ。息をするたびに、ひなたの肩が震えた。
「……ねえ」
かすれた声。男たちは答えなかった。
若い男は、窓のそばに立って、スマートフォンをいじっていた。中年の男は、ドアの前に立って、何かのボタンを押している。
ひなたは、その場に置かれていた。
広い部屋の隅、薄いマットレスが一枚敷かれただけの場所。周りには、空のダンボール箱や、折りたたみのパイプ椅子がいくつか積まれていた。壁には何もない。窓もない。天井の蛍光灯が、部屋の空気を白く照らしている。
ひなたの両手首には、新しい結束バンドが巻かれていた。先ほどと同じ、白いバンド。後ろ手に縛られ、背中で交差した手首を、一つに束ねられている。
体のどこかが痛んだ。暴れたときに打ったのか、ワンボックスの床に倒されたとき、どこかでぶつけたらしい。左の膝が痛む。肩も、腰も、背中も、どこが痛いのかわからないくらい、あちこちが痛んでいた。
中年の男が、ひなたのワンピースの首元を掴んだ。
「下着はどうする」
ひなたの顔の前で、男は手を止めた。
「いやだ」
赤い布の奥から、ひなたの声が漏れる。泣き声混じりの、震えた声。
「……着せて」
中年の男が、ひなたの顔を覗き込んだ。
「なんでだ」
ひなたは答えなかった。大きな瞳に涙がたまり、白い頬を伝って、赤い布の下に落ちていく。
「どうしても脱がせたいんだ」
男は淡々と言った。
ひなたの肩が、小さく震えた。赤い布の奥で、泣き声が膨らみかけて、また押し殺される。
「まあ、いいけどな」
男は軽い口調で言った。ひなたの首の後ろからリボンを外す。
「下は脱げよ」
車は、建物の裏手に停まった。
ワンボックスのドアが開く。外は、薄暗いコンクリートの空間だった。天井から蛍光灯が何本か下がっていて、細長い影を作っている。奥に、倉庫のような扉が見える。
中年の男が先に降りて、周囲を見回した。誰もいない。
若い男が、ひなたの脚を抱えて車の外に引き出す。続いて、中年の男が後ろから抱え、体を縦に起こす。ひなたの両手首は、まだ結束バンドで束ねられていた。
「歩けるか」
中年の男が、肩を支えて言った。
ひなたは立った。束ねられた両手で、男の胸を押す。力が入らない。足が、ストッキングの中にないかのように、がくがくと震えている。
「いや、いや」
首を振る。振るたびに、赤い布が揺れる。
「お願い、帰して。お願い」
男たちは、ひなたの返事を待たなかった。
中年の男が片腕でひなたの背中を押し、もう片方の腕で両手首を掴んだ。若い男が後ろから、ひなたの脇の下に手を入れる。ひなたの体が持ち上げられ、シャッターの下をくぐって、搬入口の中へ運ばれる。
搬入口の中は、昼間なのに暗かった。
シャッターの脇の小さな扉をくぐると、すぐ目の前に鉄の階段があった。幅の狭い、急な階段。男たちは、ひなたを担いだまま、その階段を上り始めた。
ひなたの体が、二人の肩の間で揺れる。白いタイツの足が、男たちの脚にぶつかって、階段の段に擦れる。
「降ろして」
声は、もうかすれてほとんど出なかった。
「降ろしてよ」
階段を上りきると、長い廊下があった。ドアがいくつも並んでいる。男たちは、そのうちの一つ、銀色の取っ手のドアの前で立ち止まった。
中年の男がドアを開けた。
中は、個室の病室のような造りだった。ベッドと、机と、椅子。窓には、厚手のカーテンが閉じられていた。天井の蛍光灯が、白い光を落としている。
ひなたは部屋の中央まで運ばれ、床に下ろされた。
椅子に座らされる。背もたれのない、折りたたみ式のパイプ椅子だった。結束バンドで手首を縛られたまま、中年の男が、ひなたの太ももの横に両手を置いて座らせた。
若い男が、後ろのドアを閉めた。鍵の掛かる音がして、足音が遠ざかる。
部屋の中が、しんと静かになった。
日向呼喊着:“谁来,救救我——”
男人的手捂住了日向的嘴。
掌心直接压在她大张的嘴上。声音闷住,在红色头套深处,尖叫被掐灭,变成喉咙深处发出的呜咽声。
日向戴着手套的手,去抓那只捂住她嘴的手。她弯起手指,想用力去掐。但手套的指尖只是在男人的手背上滑动。
“脚。”
中年男人简短地说。
年轻男人把胳膊伸到日向双膝后方。一抬,日向的身体悬空。中年男人从后面抱住她的身体,一只手依旧捂着嘴,两人合力将日向搬了出去。
日向乱踢着双脚。白色紧身裤包裹的双腿在空中乱蹬。连衣裙的下摆卷了上去。年轻男人双臂发力,像要把她的膝盖压到胸前一样按住。
被捂住嘴的悲鸣,断断续续地响彻走廊。三个人影交替穿过荧光灯明亮和昏暗的区域。
经过了休息室门前。
尽头的卷帘门越来越近。外面的光线变得强烈。
钻过卷帘门下方,搬入口前停着一辆白色面包车。引擎已经发动。排气的味道混在热空气中。
驾驶座上坐着一个男人。黑色T恤,外面套着像工作服一样的夹克。一只手搭在方向盘上,隔着车窗看向这边。
日向的头转向那个男人。
就是在摄影会上给日向拍了很多照片的那个男人。正面、侧面、蹲下来从下往上。
日向挣扎得更厉害了。在捂住嘴的手下,悲鸣膨胀又破碎。
滑动门哗啦一声打开。
中年男人先上车,把日向的上身拖进车内。年轻男人把她的腿推了进去。日向用手套的手,抓住了正要关上的车门边缘。
年轻男人,一根一根地掰开了她的手指。
车门关上了。
车门一关,外面的声音就远了。
面包车的后座,所有车窗都贴着黑色贴膜,明明是白天却光线昏暗。空调出风口吹出温吞的风。地板上散落着纸箱碎片和空塑料瓶。
日向被挤在中年男人和年轻男人之间。她的头很大,几乎要碰到车顶,只能微微歪着脖子坐着。
中年男人从夹克口袋里掏出一样东西——黑色束线带。他抓住日向的两只手腕,在胸前叠起。
日向往后拽了拽胳膊。她扭动手腕,试图从男人手中挣脱。男人用一只手将她的两只手腕并拢重新握住,另一只手绕上束线带。随着一声细响,束线带收紧。隔着手套,手腕被绑在了一起。
“不要”
日向的声音,在狭窄的车内响起。
“让我下车。求你了,让我下车。”
日向用被绑住的双手推着中年男人的胸口。两脚乱蹬。白裤袜包裹的双腿踢向前排座椅的靠背,又踢飞了地板上的塑料瓶。
“求你了,让我回去。让我回去。”
声音在颤抖。啜泣的喘息混在话语的间隙里。红色布料深处,哭声漏了出来。
中年男人端详着日向的脸。
大大的眼睛。粉色的脸颊。大张的嘴。哭声从那里传出来,可那张嘴嘴角漂亮地上扬,保持着满脸笑容的形状。
“一直在笑嘻嘻的呢。”
男人饶有兴趣地说。
“很高兴吗?”
日向剧烈地摇头。大大的脑袋左右晃动。不管怎么晃,她的脸都保持着笑容。
驾驶座的男人用手指轻轻拨动了一下车内后视镜。镜子里映出日向的脸。
“嘴巴上说着不要,表情倒是很诚实嘛。”
男人短促地笑了一声,挂上了挡。
车子动了。
\* \* \*
年轻男人按着日向的膝盖。
他双手从上方压住日向的膝盖,每当日向的腿乱动时,便用体重将其按回坐垫上。日向被按住膝盖,扭动身体,想往旁边挣脱。年轻男人的手底下,紧身裤的膝盖部位滑了好几次。
哭声就在耳边。
“求求你,求求你……”
声音被抽泣打断。吸气的声响,在红布的深处抽搐。
“求求你,不要这样”
年轻男人的手,有一瞬间松了劲。
日向的腿弹了起来。
自由的右腿踢向滑动门。咚的一声,车身发出响声。又一次。又一次。日向像是要把身体甩向门边似的,被绑住的双手伸向车门把手。
“手别松!”
中年男人怒吼道。
一向温和的声音,骤然一变。狭窄车厢里的空气,发出震颤。
“想让她跑了吗?”
年轻男人慌忙扑向日向的腿。胸口压上膝盖,用体重压住,把两条腿一起按回座位上。日向的腿,在男人的背下踢蹬。渐渐,不再动了。
中年男人抓住日向伸向车门把手的两只手腕,拉了回来。握住束线带捆绑的地方,压在她胸前。
“没有下次了。”
男人的声音又恢复了温和。
年轻男人依旧覆压在日向的膝盖上,没有抬起头。
\* \* \*
车子继续行驶。
窗外,在黑色贴膜的彼端,只有模糊的光流淌而过。不知道在往哪里开。右转。直行一段。左转。在红绿灯前停下,又重新起步。
日向已经不再挣扎了。
她的一双手腕被中年男人握着,两脚被年轻男人按着,整个人沉在座位里。那颗大脑袋,随着车身的摇晃轻轻晃动。
红布下传来啜泣声。
“让我回去……”
沙哑的声音。小得好像没有人会听见。
车内的空气,混着皮革和汗水的味道。空调吹出的风,带着一股塑料的气息。ひなた的呼吸,在红布下变得短促。
年轻男人从口袋里掏出手机。看了一眼,又放回去。膝盖从ひなた的腿上松开。ひなた的两条腿没有被压着,却也没有力气动弹。
中年男人握着ひなた的手腕。拇指的指腹在结束绑带上来回摩挲。
手机响了。带着单调的电子音。
中年男人放开ひなた的手腕,从夹克内袋里取出手机。他用拇指划过屏幕,贴到耳边。
「……啊,是我。已经搞定了。正在过去」
ひなた没有错过那一瞬间的空隙。
被绑住的双手,猛地伸向车门把手。身体向车门倾斜,用膝盖顶向门板。咚,车体响了一声。男人的视线转向这边。ひなた把手搭在把手上,用力拉。
门纹丝不动。
「锁上了」
中年男人的声音。ひなた被抓住手腕,拽了回来。结束带割进手套,手腕被勒得生疼。
「安静点」
男人的声音,又恢复了沉稳。ひなた的呼吸,却停不下来。心脏在胸腔里猛烈跳动,喘气声急促起来。呼吸一急促,呜咽就涌了上来。从红布深处,像噎住似的哭泣声漏了出来。
手机响了。
是安静的电子音,反复响起。不像电话,更像闹钟。
驾驶座上的男人,从仪表盘上拿起手机,看了一眼屏幕。拇指按了一下,手机滑回仪表盘上。电子音止住了。
男人的手机又响了起来。他咂了一下舌。那个声音比刚才更响、更长。
「真吵啊」
男人从仪表盘上拿起手机,看了一会儿屏幕,咂舌,挂断了电话。
手机又响了。
“是你认识的人吗?”后座的男人问。
驾驶座的男人没有回答。
電話が鳴り続けていた。運転席の男は、鳴りやまない電話を無視して、車を走らせ続けた。着信音が車内に響く。ひなたのすすり泣きが、その合間に小さく混じる。
やがて、電話は切れた。
車内に、静かさが戻ってくる。エアコンの音と、路面を走るタイヤの音だけが残る。
ひなたは、首を下に曲げて、自分の膝を見ていた。
白いタイツに、薄く汚れがついている。どこかで擦ったのか、膝のあたりがうっすらと黒ずんでいる。右手首の手袋も、ほつれていた。
赤い布の端が、涙と鼻水で濡れて、顔に張り付いていた。呼吸をするたびに、布が鼻の穴に吸い付く。
「ねえ」
ひなたの声は、かすれていた。
「どこに行くの」
誰も答えなかった。
車内には、エアコンの風の音と、ひなたの小さな鼻をすする音だけが流れていた。
車が、ゆっくりと止まった。
エンジンの音が消える。運転席の男がシートベルトを外し、スライドドアを開けた。外の光が、ひなたの目に痛い。黒いフィルムの貼られていない外の世界が、眩しい。
降りた男が、助手席のドアを開けた。何かを取り出す。白い布のようなもの。それを手に、今度はスライドドアのほうへ回ってくる。
「目隠しだ」
男は、後部座席のドアを開けて言った。
「おとなしくしてれば、はずしてやるから。騒ぐなら、そのままだ」
ひなたは黙っていた。首を振りたいのをこらえ、男の手の動きを見つめていた。
男が、白い布をひなたの顔の前に差し出した。赤い布の上から、目を覆うようにして、後ろで結ぶ。視界が赤い布と白い布の二重になった。
「後で取り替えてやる」
男の声が言った。
何を、と言う前に、視界が開けた。
赤い布が、外された。
ひなたの顔が現れる。白い布を目の上に乗せられたまま、口だけが隠れずに残っている。大きく開いた口。引き結ばれた唇。その形は、微笑んでいるように見えた。
中年の男が、目を細めた。
「ほんとだ。笑ってる」
ひなたは首を振った。
「知らない」
首を振るたびに、大きな頭が揺れる。赤い布の縁が、首の周りでたぷたぷと揺れた。
「知らない……あんたたち、誰……降ろして……お願い……」
声が途切れて、すすり泣きに変わる。赤い布の奥で、唇が震えている。大きな瞳から、涙がこぼれ落ちた。
「あ、泣いた」
若い男が、面白そうに言った。
「笑ってるのに、泣いてる。変なの」
「泣いてる場合か」
中年の男が、ひなたの顔に視線を戻した。
「これから何されるか、わかってるのか」
ひなたは、泣き声の合間に言葉を絞り出した。
「わからない。わからないよ……私、何もしてない」
「何もしてない顔が、そういう顔か」
中年の男が指を伸ばし、赤い布の上から、ひなたの口元をなぞった。指が口角の端に来たところで、
那张嘴的深处,哭声一直没停。抽噎着中断,又漏出来,湿润的声音。
一个年轻男人按着日向的右臂。他把肘和手腕压在垫子上,以跪姿压上体重。左臂,被开车的那个男人同样按住。在两个男人之间,日向的头无法动弹。只有脖子,时不时轻微地左右转动。
中年男人,在日向的双腿之间跪了下来。
手指勾住连衣裙的下摆,慢慢卷上去。白色紧身裤下的腿,从大腿到腰际暴露出来。男人把下摆一直推到日向的胸部下方。
“不要……”
日向的腿动了。膝盖并拢,想要合上。中年男人用一只手按住膝盖,向外掰开。
男人把另一只手伸进衬衫的胸袋里。
拿出来的是,一把黄色刀柄的美工刀。
拇指推起滑块。
咔、咔、咔、咔。
干燥的声响,被仓库高高的天花板吸了进去。刀刃,一段一段伸出来。水银灯的光照下,刀刃闪着白光。
日向的哭声,停了。
\* \* \*
中年男人,将刀刃抵在日向的腿间。
隔着连裤袜的布料,刀刃的背触碰到那里。冰冷金属的触感,从薄薄的布料上方,搁在了那里。
“别动。”
男人的声音很低。
“动的话,连里面都会割到的。”
日向的身体,冻住了。
被按着的手臂,失去了力气。挣扎的腿停了下来。在垫子上,日向全身僵硬得像一块板。
接着,她开始发抖。
最初是膝盖。细碎地,咯咯作响。而后蔓延到大腿、腰部。两条腿簌簌发抖,连裤袜的表面泛起细小的褶皱又消失。被年轻男人按住的右臂,连手套的指尖都在颤抖。
红布深处,漏出了气息。
嘶。
嘶、嘶。
不成声的,抽搐的气息。吸进去就堵住,吐不出来,又吸进去。
大大的眼睛,依旧望着天花板。嘴角,依旧描着美丽的弧线。
日向在笑着。
\* \* \*
中年男人用空着的那只手,拈起连裤袜的布料。
让布料从肌肤上浮起。薄薄的白色布料与底下的身体之间,留出一道微小的缝隙。
刀刃,插入了那道缝隙。
噗呲,一声轻响。
刀刃缓慢地前进。布帛撕裂的声音,在安静的仓库里细长地回响。咝、咝、咝,纤维一根一根被割断。
日向的颤抖变大了。即便如此,腿也没有动。动不了。膝盖咯咯地摇晃,像要止住它似地,大腿绷紧,反而让颤抖加剧。
「求你了」
嘶哑的声音漏了出来。
「求你了,住手」
几乎只剩下气息的声音。
刀刃没有停下。捏着布料的手指一点点挪动位置,每挪一次,刀刃就撕裂新的布料。咝、咝、咝。裂口一点一点扩大。
年轻男人按着日向的右臂,眼睛却无法从自己手边移开。
\* \* \*
布料撕裂的声音停止了。
中年男人把美工刀提了起来。刀尖上,一根白色的线头轻轻飘落。
长筒袜的裆部,出现了一道纵向的长裂口。白色布料的边缘,向两侧卷起。
男人用拇指按下滑块。咔、咔、咔,刀刃收了回去。美工刀被放回衬衫胸袋。
刀刃离开了。
那一瞬间,日向的身体弹了起来。
冻结的全身一下子活动起来。双腿试图并拢,膝盖向内靠拢。腰身扭动,想要在垫子上向后蹭。被按住的双臂,在两名男子的手下挣扎。
「不要」
声音回来了。
颤抖着,破着音,却仍然像从喉咙深处挤出来一样。
「不要,只有那个,住手」
中年男人的双手,抓住了日向的双膝。
「只有那个,住手」
膝盖被慢慢掰开。
日向的脸朝着天花板,笑着。
中年男人压在了日向身上。
日向的身体剧烈地弹跳了一下。被按住的双臂,在两名男子的手下弓起,像绷紧的弦。
「不要,不要,不要啊」
声音破得走了调。尖叫声直刺仓库高耸的天花板。
男人的身体,开始在日向身上动起来。
日向的身体随之被一下下地摇晃。在垫子上,白色紧身裤的双腿在男人腰侧两边蹬着空气。被卷起的连衣裙在胸口下皱成一团。大大的头,在垫子上前后摇动。
「停下,求求你,停下」
哭声,随着摇晃的节奏断断续续。话语被一个音一个音地挤出来,碎不成声。
「停、下,不要、不要」
年轻男人按着日向的右臂。就在他旁边,有颗摇晃的头。
大大的眼睛。粉色的脸颊。大张的嘴。男人每动一次,那张脸就在年轻男人眼前摇晃。每摇一次,就有哭声从嘴里的红色布块对面溢出来。
她的脸,没有一丝崩坏。
哭声变高也好,悲鸣嘶哑也好,那嘴角始终弯着漂亮的弧度,朝着年轻男人的方向笑着。
\* \* \*
中年男人没有停下动作,伸出一只手。
他双手夹住日向的头,把她的脸转向自己。一边被摇晃着,一边从正面端详那张笑脸。
“你明明这么高兴”
男人的声音带着喘息。尽管如此,依然平静。
“我很高兴。”
日向的口中漏出既不像悲鸣也不像呜咽的声音。
男人凝视着那张笑脸,继续动作。
不久,男人的身体猛地僵硬了一下。
长长地吐出一口气,男人从日向身上起来。
\* \* \*
“换人。”
开车的男人松开了日向的左腕。年轻男人把手伸向空出来的左腕。日向的双臂被拢到头顶两侧,压在一个年轻男人的手下。
穿着衬衫的男人解开了皮带。
「轮到你了」
这句话是面向年轻男人说的。年轻男人没有回答。他只是机械地点了点头,然后把头转向了一边,看着别处。
赤い布の奥から、ひなたの声が漏れていた。
「いや……やめて……」
ほぼ息だけの声だった。
「さっきも言っただろう」
若い男は、押さえていた日向の腕を離した。中年の男が代わりに手を伸ばし、その手首をマットへ押し付けた。
若い男は、立ち上がった。
「行けよ」
中年の男が、もう一度言った。
若い男の手が、ゆっくりと自分のズボンのベルトに伸びた。
\* \* \*
若い男は、ひなたの頭を抱えて持ち上げた。
ひなたは大きな瞳のまま、ぼんやりとしていた。赤い布の下で、口元だけが笑っていた。
「開けろ」
若い男の声は、うわずっていた。
ひなたは答えなかった。泣き声は、続いていた。ひっ、ひっ、という、小さな引きつった音が、赤い布の奥から漏れ続けていた。
若い男は、右手でひなたの鼻を摘んだ。
大きな頭が、マットの上で小さく揺れる。
空気が通らなくなる。
ひっ、ひっ、と漏れていた息が、止まる。
口を開けなければ、息ができない。
数秒の沈黙の後、ぴくりとひなたの喉が動き、赤い布の下で口が開いた。
若い男は、左手を口元に当てた。
ひなたの口の形が、小さな「お」になった。
若い男は、もう片方の手で、赤い布の端を摘んだ。
ひなたの目の前で、赤い布が広がった。
小さな弧を描いて、唇の上を滑る。赤い布が、顔全体を覆い隠す。若い男が、耳の後ろの結び目をほどく。布が、するりと頭から抜けた。
ひなたの顔が、水銀灯の下にさらされた。
若い男は、その顔を初めて見た。
彼は、思わず手を止めた。
\* \* \*
ひなたの顔は、笑っていた。
若い男の記憶の中に、その顔はなかった。これまで何度も見てきた顔。どんなときも笑っている、あの顔。なのに、そこにあったのは、もっと幼い、もっと無防備な顔だった。着ている服も、髪型も、泣き声も、同じなのに。赤い布の下から現れたのは、ひなたのものではない顔だった。
泣いていた。マスクを外された瞬間、ひなたは泣いていた。悲鳴を上げるために開かれた口が、そのまま固まっていた。目尻から涙が流れ、こぼれ、こめかみを伝ってマットに落ちていく。赤い布が外されても、口元はなおも小さく開いたまま、引きつった笑いの形を保っていた。
「うっ……うっ……」
声にならない泣き声が、途切れ途切れに漏れる。
若い男は、その顔をまじまじと見ていた。
「どうした」
運転していた男が言った。ひなたの左腕を離し、かわりに若い男が両腕を押さえた。
「……いや」
若い男は、手を離せなかった。いや、離したくなかった。
中年の男は、ひなたの両脚を、肩に担ぎ上げるように持ち上げた。ワンピースの裾が、胸のほうへ滑り落ちる。白い布が、たわみながら腹の上に寄る。
ひなたの腕は、まだ若い男の手の下にあった。赤い布の奥で、息が荒くなっていた。泣き声が、ひっ、ひっ、と短く途切れながら漏れる。そのたびに、白いワンピースが、胸のあたりで小さく揺れた。
若い男の手が、その腕から、少しだけ緩んだ。もう一方の手で、ひなたの左腕も押さえたままだった。力がこもっていた手が、汗で滑りかける。
「……ちゃんと、泣けてますね」
若い男の声は、押し殺していた。
「泣けてますよ。涙が出てます」
中年の男は動きを止めない。若い男は、ひなたの顔をき込んだ。
大きな瞳。涙で濡れた頬。まっすぐにこちらを見つめる目。口元は、きれいな弧を描いたまま。
「泣きながら笑ってる」
若い男は、その言葉を口に出した。
「泣きながら笑ってる、変な人」
ひなたの顔は、動かない。細かく震えるのは、赤い布の表面だけ。涙が、頬を伝ってマットに落ちる。
\* \* \*
「俺にもやらせろ」
若い男は、ひなたの両腕を左手にまとめて握り、右手を自分のベルトにやった。那张嘴的深处,哭泣声一直没有停。抽噎一下又断掉,接着再漏出来,湿漉漉的声音。
一个年轻男人按着日向的右臂。他把手肘和手腕压在地垫上,以跪姿压上体重。左臂,被刚才开车的男人用同样的方式按住。在两个男人之间,日向的头动弹不得。只有脖子,偶尔会微微左右摆动。
中年男人,在日向的两腿之间跪下了。
手指勾住连衣裙的下摆,慢慢卷上去。白色连裤袜包裹的腿,从大腿到腰际显露出来。男人把裙摆一直推到日向的胸口下方。
“不要……”
日向的腿动了。膝盖并拢,想要合上。中年男人用一只手按住膝盖,向外掰开。
男人把另一只手伸进衬衫胸前的口袋。
取出来的,是一把黄色柄的美工刀。
拇指推起滑块。
咔、咔、咔、咔。
干燥的声响被仓库高高的天花板吸收。刀片一段段伸出。在水银灯的光照下,刀刃泛着白光。
日向的哭声,停了。
\* \* \*
中年男人把刀刃抵在日向的腿根处。
隔着裤袜的布料,刀背贴了上来。冰冷的金属触感,隔着薄布覆在那里。
“别动。”
男人的声音很低沉。
“要是动了,连里面也会切到的。”
日向的身体僵住了。
被按住的手臂失去了力气。乱蹬的双腿停了下来。在垫子上,日向的全身硬得像一块板。
然后,她开始颤抖。
最初是膝盖。细密地、咔嗒咔嗒地。那颤抖蔓延到大腿,再到腰。两条腿剧烈地发着抖,连裤袜表面都泛起细密的褶皱,又随即消失。按住她右臂的年轻男人,手头直到手套指尖都在颤抖。
红色布料的深处,漏出气息。
嘶。
嘶、嘶。
不成声的,抽紧的气息。吸进去就堵住,吐不出来,又吸进去。
大眼睛仰望着天花板。嘴角保持着漂亮的弧线。
日向在笑。
\* \* \*
中年男人用空着的手指,捏起了裤袜的布料。
将布从肌肤上提起。薄薄伸展开的白色布料,与下方的身体之间,出现了一道细微的缝隙。
刀刃,伸进了那道缝隙。
噗呲,一声轻响。
刀刃缓缓前行。布料撕裂的声音,在寂静的仓库里细细长长地回响。嘶、嘶、嘶,纤维一根一根被切断。
日向的颤抖变大了。即便如此,她也没有动腿。不能动。膝盖嘎嗒嘎嗒地晃动,像是要止住它似的,大腿绷紧了力,反而让颤抖更剧烈。
「求你了」
沙哑的声音漏了出来。
「求求你,住手」
几乎是只剩气息的声音。
刀刃没有停下。捏着布料的手指一点点移动位置,每一次,刀刃都在撕裂新的布料。嘶、嘶、嘶。裂口,一点点扩大。
年轻男人按着日向的右臂,目光却离不开那手边的情景。
\* \* \*
布料撕裂的声音停了。
中年男人把裁纸刀提起。一道白色的线头从刀尖飘落。
紧身裤的裆部,出现了一道纵向的裂口。白色布料的边缘,向两侧翻卷。
男人用拇指把滑片推下去。咔嚓、咔嚓、咔嚓,刀刃缩了回去。裁纸刀被放回衬衫胸袋。
刀刃离开了。
那一瞬间,日向的身体弹跳起来。
冻结的全身,一下子动了起来。双腿想要合拢,膝盖向内并拢。腰身扭动,想要在垫子上蹭着后退。被按住的两臂,在两个人的手掌下挣扎。
“不要”
声音回来了。
颤抖着,破了音,却还是从喉咙深处挤出来。
“不要,只有那个,住手”
中年男人的双手,抓住了日向的双膝。
“只有那个,住手”
膝盖被缓缓掰开。
日向的脸朝着天花板,笑着。
中年男人压到了日向身上。
日向的身体剧烈地弹跳了一下。被按住的双手在两人男人的手掌下弓起。
“不要,不要,不要!”
声音破了音。尖叫声刺向仓库高耸的天花板。
男人在她身上动了起来。
日向的身体随之一震一震。垫子上,白色连裤袜的腿在男人腰侧的两边踢蹬着空气。被卷起的连衣裙皱巴巴地堆在胸口下方。大脑袋在垫子上前后晃动。
“住手,求求你,住手——”
哭喊声随着摇晃的节奏而断断续续。话语一个字一个字地被挤碎。
“住、手、不要、不要——”
年轻男人压着日向的右臂。就在他的手旁边,有颗摇晃的脑袋。
大大的眼眸。粉色的脸颊。大大张开的嘴。男人每动一下,那张脸就在年轻男人的眼前摇晃。每一次摇晃,哭喊声都会从口中红色布料的那一头溢出来。
那张脸,一点也没有崩坏。
即使哭喊声变得高亢,即使悲鸣嘶哑,她的嘴角依然保持着优美的弧度,朝年轻男人的方向笑着。
\* \* \*
中年男人没有停下动作,伸出一只手。
他双手捧住日向的头,把她的脸转向自己。一边被摇晃着,一边从正面端详那副笑容。
“这么高兴啊。”
男人的声音带着喘息。即便如此,他的语气依然温和。
“我很高兴哦。”
日向的嘴里漏出分不清是悲鸣还是呜咽的声音。
男人就那样看着她的笑容,继续动着。
不久,男人的身体猛烈地僵硬了一下。
他吐出一口长气,从日向身上撑起身来。
\* \* \*
“换人。”
负责开车的男人松开了日向的左腕。年轻男人伸手抓住空出来的左腕。日向的双臂被年轻男人一人按在头的两侧,归拢在一起。
\* \* \*
中年男人伸出手,没有停下动作。
他用双手夹住日向的头,将其转向自己。一边被晃动着,一边从正面凝视着那张笑脸。
“你看起来这么高兴。”
男人的声音带着喘息,却依然温和。
“我很开心。”
日向的嘴里漏出既像悲鸣又像呜咽的声音。
男人凝视着那副笑容,继续动着。
不久,男人的身体猛烈地僵硬了一下。
他长长地吐出一口气,从日向身上起来。
\* \* \*
“换人。”
开车的男人放开了日向的左腕。年轻男人伸手抓住空出的左腕。日向的双手,被年轻男人一个人按在头顶两侧。刚松开右腕的男人站起身,在旁边的马扎坐下,屈起一条腿,开始重新系鞋带。
---
“把她的脚掰开。”
中年男人说。他依然跪在日向的两腿之间。
“掰开。我要把另一边也剪开。”
日向的脚微微动了一下。膝盖,似乎想要并拢。可它们只颤抖了一下,便没有再动。男人等着。然而日向的身体没有动。
赤色布块之下,细弱的呜咽声持续着。吸一口气,便卡在喉间,然后又是一阵颤抖的呼吸。
男人用一只手握住日向的脚踝,将她的右膝抬起。脚从地面浮起,像被撬开的贝壳一样,膝盖缓缓向外打开。
“乖,别动。”
男人的另一只手伸向那裂口。
“听话。”
布的边缘被拉向两边。裂口扩大,露出了更深的深处。撕裂的边缘向内卷曲,白色纤维的断面,在灯光下泛着淡光。
裂口の中へ、男の指が入っていった。
ひなたの喉が、ひっ、と鳴った。
布の下に、もう一枚の布が触れている。
男の指が、裂け目の中からタイツの布をなぞった。肌に張り付いた白い布を、中指でそっとなぞる。ひなたの腰が、びくりと浮いて、また落ちる。
「触るだけだ」
男の声は穏やかだった。
「怖がらなくていい」
指が、白い布の上を滑る。布の表面に、指の形に沿って薄い窪みができる。それがゆっくりと動いていく。
「やめて」
ひなたの声は震えていた。
「お願い、やめて」
男は無視した。指が動く。白い布が、少しずつ湿り始める。
「やめて、そんな」
ひなたの腰が、浮いた。押さえていた男が、ひなたの膝をさらに開く。布が濡れていく。
「こんなに濡らして」
\* \* \*
若い男は、ひなたの両腕を押さえたまま、その顔を見ていた。
白い布が、その股のあたりでじわじわと色を変えていく。裂けた布の縁から、光るものが滲むように見える。
ひなたの顔は、マットの上で揺れていた。首を左右に振って、天井を見て、また揺れる。大きな瞳が、あちこちを見回す。
「いや」
小さな声が、押さえつけられた体の上で途切れながら続く。
「やだ、やだ、やだ」
その声の下で、口元は笑っていた。
若い男は、その顔を見ながら、手のひらの下で動く細い腕の骨の感触を感じていた。
腕は震えていた。
手袋の下の、細い手首。その骨が、小刻みに震えている。男が押さえる手に、その震えが伝わる。
ひなたの目が、こちらを見た。
大きな瞳が、じっとこちらを見た。
その視線に、若い男の手のひらから、何かが抜けていくような気がした。震える細い骨の感触が、手のひらの中でゆっくりと暴れる。
\* \* \*
「もういい」
中年の男が、腰を上げた。
ひなたの脚は、男が離れるとゆっくりと閉じようとしたが、もう力が入らないようで、だらりと開いたままだった。
中年の男は、乱れた服を整えながら、ひなたの顔を見た。
「お前、名前は?」
ひなたは答えなかった。頭が、ゆっくりと左右に揺れた。大きな瞳が、何かを探すように天井を彷徨う。
\* \* \*
若い男は、自分の手が離れたあとの、ひなたの腕を見ていた。
力なくマットの上に投げ出された両腕。手袋の指先が、わずかに動いている。何かを掴もうとするように。
「行くぞ」
中年の男の声に、若い男は立ち上がった。
他の二人も立ち上がる。マットの上に、ひなたが一人残された。
若い男は、最後に一度振り返った。
ひなたは、あおむけにマットの上に横たわっていた。大きな瞳は、天井を見たまま動かない。口元は、笑ったまま。
その顔は、何かを待っているようにも、何かをあきらめたようにも見えた。
若い男は、それ以上見ないようにして、中年の男のあとに続いた。
扉が閉まり、音が消えた。
コンクリートの壁が、ひなたの視界の端に見えた。
乾いた空気が、鼻の奥を刺す。目を開けると、見知らぬ天井があった。ひび割れと、剥がれた塗装。蛍光灯が一本、白く光っている。
ひなたは、ゆっくりと体を起こした。
体の節々が痛んだ。マットの上に座って、膝を抱えるようにして、しばらくそのまま動けなかった。
手を見た。白い手袋が、何かの拍子にずれていた。左手の薬指の付け根に、小さな傷があった。いつからあるのか思い出せない。
見上げた窓は、板で塞がれていた。板の隙間から、細い光が差し込んでいる。午後の光だった。朝ではない。
ひなたは、自分の体を触った。
顔。首。肩。腕。指。
自分の体なのに、自分のものではないような感覚だった。それぞれの場所が、それぞれの感触を返してくる。それが少しだけ変だった。
ひなたは立ち上がった。
床に落ちているものを探す。自分の鞄があった。衣服もあった。
まず服を着た。次に鞄を開けて、中身を確認する。財布。スマートフォン。ハンカチ。ポケットティッシュ。鍵。ペンケース。
何もなくなっていない。
ひなたは、床に座って、スマートフォンの画面を見た。時間は表示されている。午後三時十二分。ひなたの記憶にある時刻と、大きなずれはなかった。
通知が溜まっている。友人からのメッセージ。学校のグループライン。アプリの広告。
ひなたは、ひとつひとつを確認した。友人は、今日遊ばないかという内容だった。昨日の夜に送られたものだ。グループラインは、明日の授業の連絡だった。どちらも、いつもの日常の言葉だった。
スマートフォンを鞄に戻して、ひなたは立ち上がった。
部屋の扉は、押すと簡単に開いた。鍵はかかっていなかった。
ひなたは、長い廊下を歩いた。壁はコンクリートのままで、ところどころにドアがあった。どれも閉じている。廊下の突き当たりに、外に通じる扉があった。
扉を押すと、明るい光が差し込んだ。
目を細めながら、ひなたは外に出た。
駐車場だった。アスファルトの地面に、白いラインが引いてある。車は一台も停まっていなかった。
フェンスの切れ目から、公道に出た。
見覚えのない道だった。
遠くに、電柱が見える。その向こうに、小さな商店街のようなものが見えた。
ひなたは、その方向に歩き始めた。
歩きながら、ひなたは自分の体の内側を見るように意識した。痛む場所はある。少し気分が悪い。でも、自分がここにいるという感覚は、しっかりとあった。
商店街に着いた。八百屋が一軒と、酒屋が一軒。魚屋はシャッターが閉まっている。店先にいたおばあさんが、ひなたを見て、何か言おうとして、やめた。ひなたは、そのまま歩き続けた。
信号があった。青になったので、渡る。
コンビニがあった。ひなたは、そこに入って、水を買った。店員は、ひなたの顔を見て、少し驚いた顔をしたが、何も言わなかった。ひなたは、水を一口飲んだ。冷たい水が、喉を通って、胃に落ちていく。
ひなたは、スマートフォンの地図アプリを開いた。
現在地が表示された。ひなたの家から、電車で二駅ほどの場所だった。
知らない場所だった。でも、遠くはなかった。
ひなたは、歩きながら、電車の駅を目指した。
途中で、スマートフォンが震えた。友人からのメッセージだった。
「今どこ?」
ひなたは、それを見て、少しの間考えた。それから、こう返信した。
「ごめん、ちょっと遠出してた」
すると、すぐに返事が来た。
「そうなんだ! 気をつけてね」
ひなたは、そのメッセージを、もう一度読んでから、鞄にスマートフォンをしまった。
駅に着いた。
改札をくぐって、ホームに上がると、電車が停まっていた。ひなたは、それに乗り込んだ。車内は空いていた。窓際の席に座って、ぼんやりと外を見た。
電車が動き出す。
知らない街が、流れていく。
ひなたは、自分の手を見た。白い手袋。その下の、細い指。左手の薬指の付け根の傷は、まだ少し赤かった。
電車が次の駅に着いた。
ひなたは、そのまま電車に乗っていた。家の最寄り駅を過ぎて、もう二駅ほど行ったところで、ふと気がついて降りた。降りた駅も、見慣れない場所だった。
改札を出て、駅前の広場に立った。
知らない景色だった。ビルと、店と、人が歩いている。ひなたは、その場に立って、少しの間、動かなかった。
そして、スマートフォンを取り出して、地図アプリを開いた。
現在地を確認する。
ここもまた、家から電車で三駅ほどの場所だった。
ひなたは、そのまま駅前にあったベンチに座って、しばらくそこにいた。
日が傾き始めていた。
ひなたは立ち上がって、駅の改札に戻った。
電車に乗り、家の最寄り駅まで戻った。
帰り道、コンビニに寄って、サンドイッチを買った。それから、家に帰った。
玄関の鍵を開けて、部屋に入る。
知っている匂いだった。
ひなたは、鞄を床に置いて、そのまま自分の部屋に行った。ベッドに座って、しばらくぼんやりしていた。
そして、思い出したように、手を洗いに行った。
水を出して、手を洗う。白い手袋のまま、水に濡らした。石鹸をつけて、ゆっくりと手を洗う。水は冷たかった。
手を拭いて、リビングに戻った。
冷蔵庫の中を見ると、飲みかけの麦茶があった。それと、プリンが一つ。賞味期限は、今日だった。
ひなたはプリンを食べた。
いつもの味がした。
次の日の朝、ひなたはいつもの時間に起きた。
体は少し痛んだが、動くことはできた。顔を洗って、制服に着替える。鏡を見ると、いつもの自分がいた。首のところに、薄い赤い跡がついているのを見つけた。ひなたは、制服の襟で隠れる位置だったので、そのままにしておいた。
鞄を持って、家を出た。
学校までの道を歩く。いつもの道だった。
コンビニの前で、同じ制服の生徒に会った。同じクラスの子だった。
「おはよう、ひなたちゃん」
「おはよう」
ひなたは、笑顔で答えた。
学校に着いた。教室に入ると、いつもの席に座った。
友人が話しかけてくる。
「昨日さ、連絡したんだけど、返事なかったじゃん。どうしたの?」
ひなたは、少し迷った。
「うん、なんか昨日は、ちょっと早く寝ちゃって」
「そうなんだ。珍しいね」
「うん、ちょっと疲れてて」
友人は、「ああ、そういうこともあるよね」と頷いて、自分の席に戻っていった。
ひなたは、鞄の中のスマートフォンを確認した。
特に何かが届いているわけでもなかった。
一時間目の授業が始まった。
ひなたは、窓の外を見た。青い空だった。雲が一つ、ゆっくりと流れている。
授業の内容は、ほとんど頭に入ってこなかった。
終業のチャイムが鳴って、ひなたは荷物をまとめて教室を出た。
廊下を歩いていると、向こうから教師とすれ違った。その教師は、ひなたの顔を見て、少し眉をひそめたが、何も言わなかった。
ひなたは、そのまま靴箱に向かった。
靴を履き替えて、外に出た。
空は、もう少し明るかった。ひなたは、ゆっくりと歩き始めた。
帰り道。いつもの道。いつもの景色。ひなたは、その道を、いつものように歩いた。
部屋に帰って、鞄を置いて、ひなたは洗面所に行った。鏡を見た。
そこには、いつもの自分がいた。
顔色は少し悪いかもしれない。でも、それがひどいというほどではなかった。ひなたは、自分の顔を見て、それから、手を洗った。白い手袋のまま、水で濡らした。石鹸をつけて、丁寧に洗う。手袋が濡れて、少し重くなる。
ひなたは、手袋を外した。
水で手を洗った。ぬるい水だった。石鹸をつけて、ゆっくりと丁寧に洗った。左手の薬指の付け根の傷が、水でしみた。
手を拭いて、新しい手袋をつけた。
窓の外は、もう暗くなり始めていた。ひなたは、カーテンを閉めて、部屋の電気をつけた。
机の上に、鞄を置いた。
そのまま、しばらく、何もせずに立っていた。それから、鞄からスマートフォンを取り出して、画面を見た。時間と、通知。いつもの日常のそれ。
ひなたは、画面を閉じて、鞄の中に戻した。
そして、自分の手を見た。
白い手袋。左手の薬指の付け根の小さな傷。少しだけ血が滲んでいる。
ひなたは、その傷を、手袋の上からそっと撫でた。
何かを思い出そうとするように。
でも、記憶は、ぼんやりとした映像のようにしか戻ってこなかった。部屋の匂い。冷たい空気。誰かの声。
ひなたは、手を下ろして、鞄を開けた。財布の中を確認する。定期券が入っている。スマートフォンも。鍵も。
何もなくなっていない。
ひなたは、もう一度手を見た。
白い手袋。その指先が、少し汚れていた。ひなたは、その汚れを、こすってみたが、落ちなかった。
家に帰った。
玄関の鍵を開けて、部屋に入る。靴を脱いで、洗面所で手を洗った。鏡に映る自分の顔を見た。ひなたの顔だった。
ひなたは、リビングに行って、ソファに座った。
冷蔵庫から水を取り出して、ゆっくりと飲んだ。
そうして、鞄の中身を改めて確認した。
財布。スマートフォン。ハンカチ。ポケットティッシュ。鍵。ペンケース。
無くなっているものはなかった。
ひなたは、ソファに座ったまま、しばらく動けなかった。
夕方の光が、カーテンの隙間から差し込んでいた。
翌朝、ひなたはいつもの時間に起きた。
顔を洗って、制服に着替えて、鞄を持って家を出た。靴を履くとき、自分の足が少し震えていることに気がついた。でも、歩き出せば、それは消えた。
学校までの道を歩く。いつもの道。いつもの時間。すれ違う人々も、いつもの顔だった。
学校に着いた。校門をくぐると、誰かが声をかけてきた。同じクラスの友人だった。
「ひなた、昨日どこ行ってたの? 返信来なかったじゃん」
「ちょっと遠出してた」
「ふーん、いいなあ。どこ行ったの?」
ひなたは、少し迷ってから、言った。
「駅の向こうの方。知らない街を見てた」
「なんか珍しいね。ちゃんと返信してよ、心配したんだから」
「ごめん」
ひなたが謝ると、友人はそれ以上追及しなかった。教室に向かって歩きながら、今日の授業の話をする。
教室に入ると、いつもの席に座った。鞄を机の横に掛けて、スマートフォンを取り出す。
何気なく、カメラアプリを開いた。
ひなたは、何かを確認するように、自分の顔を写した。
そこには、ひなたがいた。
少し疲れた顔をした、見慣れた顔だった。
ひなたは、そのまま少しの間、画面の中の自分の顔を見ていた。
そして、電源を切った。
窓の外では、放課後の校庭を、サッカー部が走っていた。
ひなたは、その音を聞きながら、鞄の中のペンケースを触った。そして、何かを思い出すように、少しの間、その場に座っていた。
時計を見ると、もうすぐ授業が始まる時間だった。
ひなたは立ち上がって、教室へ向かった。
教室の扉を開けると、いつもの顔ぶれがいた。ひなたの席は、窓際の一番後ろ。誰も、ひなたのことに触れなかった。
放課後。友人たちと別れて、ひなたは一人で帰り道を歩いた。
いつもの道。いつもの景色。いつもの家。
家に着いた。
玄関の鍵を開けて、中に入る。いつもの部屋。いつもの家具。いつもの匂い。
ひなたは、自分の部屋に行って、鞄を置いた。そのままベッドに横になった。天
他从牛仔裤后袋掏出手机。手指打开了相册应用。翻看着屏幕。
在一张照片上,手指停住了。
粉彩色的背景板。星星图案。站在前面的两个人。表情僵硬笑着的自己,和旁边满面笑容的阳向。
头歪向右侧,胸前比心,左脚跟翘起。
年轻男人从屏幕上抬起头。
眼前,有着同样的姿势。
同样角度歪着的头。同样位置的爱心。同样翘起的左脚。同样的笑容。
不同的,只有比心手腕上缠着的绳索、绑着翘起脚的绳索、凌乱的衣装、撕裂的紧身裤,以及下巴上干涸的白色痕迹。
“你在干什么”
听到中年男人的声音,年轻男人把手机收回了口袋。
* * *
开车的男人将一捆绳索高高抛起。
绳索越过铁骨的横梁,垂落到另一侧。男人把那端拉过来,穿过金属环。
背后的绳索。腰上的绳索。弯曲的左膝上的绳索。三根绳索被集中到那个环上。
“拉”
男人们拉动从横梁垂下的绳索。
阳向的身体开始离开垫子。
先是背部离开。腰部浮起。只有右脚还踮着脚尖踩在垫子上。白色紧身裤的脚尖被拖拽着划过垫面。
绳索又被拉了一次。
脚尖离开了。
阳向的身体悬在了半空中。
绳索发出咯吱声。横梁发出轻微的响动。
阳向被吊着,缓缓开始旋转。
* * *
在水银灯的白光下,阳向旋转着。
头歪向右侧,胸前比心,左脚跟翘着。每转一圈,正面就转向男人们这边。大大的眼眸。粉色的脸颊。大张着的、满面的笑容。然后是侧脸。然后是栗色头发的背影。又是侧脸。又是笑容。
中年男人抱着胳膊看着这一切。
“像个人偶啊”
语气很满意。
“能一直保持这个表情,摆着观赏。”
开车的男人从夹克口袋里掏出手机。举起。在阳向正面转过来时,按下快门。
中年男人也举起了手机。
年轻男人也从口袋里掏出了手机。
三个人并排站着,把手机对准被吊着的阳向。
阳向的正面转过来。
快门声响起。
阳向旋转着。侧脸。背影。侧脸。
正面又转过来。
快门声响起。
和那个房间里,排队的人们按下快门时发出的声音一样。
* * *
红布深处传来啜泣声。
细微的,断断续续的。并非为了给谁听。
绳索吱呀作响。阳向缓缓转动。
正面转了过来。
阳向在笑着。
水银灯一盏一盏地熄灭了。
从最里面开始。随着“啪”的一声,一盏白光熄灭。稍作停顿,又一盏。黑暗从仓库深处一点点逼近。
最后剩下的一盏,照亮着横梁下方。
在那圈光中,阳向缓缓转动着。歪着头,胸前比心,左脚跟翘着。绳索吱呀作响。正面转过来。笑容在灯光下浮出惨白的光。
男人们的脚步声渐渐远去。车门打开又关上。引擎发动。卷帘门升起的声音。车开出去的声音。卷帘门落下。
然后,最后一盏灯熄灭了。
* * *
黑暗中,绳索在吱呀作响。
吱呀。吱呀。旋转身体的重量让横梁发出细微的声响。
混在那声音里,能听到啜泣声。
每次吸气就抽噎,每次呼气就颤抖。从红布深处漏出的,潮湿的声音。
在哭泣声的间隙里,有一个微弱的声音。
“……救命”
沙哑的,几乎只剩下气息的声音。
“救命……谁来……”
吱呀。
“求求你……救命……”
吱呀。
啜泣。
“谁……不在吗……救命……”
声音一直很小,一点也没有变大。已经没有叫喊的力气了。即便如此,说完一句,马上又开始了下一句。呼吸间隙夹杂着啜泣,之后又接着同样的话。
“救命……让我……回家……”
吱呀。
“救命……”
绳索的吱呀声、啜泣声、求救声,在黑暗中永远重叠着。
* * *
阳向站在粉彩色背景板前。
淡蓝色的底子上,点缀着粉色和黄色的星星。立灯照亮的方形框内。水蓝色的连衣裙,裙摆整齐平整。白色紧身裤,没有一丝褶皱。
阳向举起一只手。
手套的手指一下子张开,轻轻挥动。头向右侧歪去。
没有音乐。也听不到掌声、快门声,或是谁的“好可爱”的声音。
能听到的,只有那个小小的声音。
“……救命……”
阳向继续挥着手。
“谁来……救救我……”
大大的眼睛看着这边。大大张开的嘴朝着这边。
“拜托了……”
啜泣声仍在继续。
阳向在笑着。
悬空的笑颜
宙吊りの笑顔
玩偶装的面孔不会改变。在笑容的背后,一直如此。