胸、乳房、おっぱい。女性のソレを表す言葉は数多い。バストアップのコツから美しく見せるやり方まで多種多様だが、本来の用途は子供を育てるための重要な器官である。
だが、私はそれが嫌いだ。生物学的な分類では私は女性である。女性であるから子供を産むこともできるし将来的には胸も大きくなるに違いない。私の母はそれなりに大きいので私も似たくらいになると想像がつく。父が言うには私は母にそっくりなのだそうだ。母は父と似たところを上げるが確かに母と並べばそれは姉妹のようにも見えるだろう。年の離れた姉妹に。
それも嫌だった。
なぜ、私は女性に生まれてしまったのか……そんな思いは体の成長と共に強くなり、それはいつしか自分の体へと向ける憎しみになってそれは自らの体に突き立てる牙の様になった。
最初は小学生の時だ。1年2年は同じでも段々と男女の違いを意識するようになる。
女の子は早熟だ。早いうちからそういった意識が確立されてくる。ませてると言ってもいいが本質は早くにも子供が作れるようになるための生物学的プロセスに違いない。
そして私に恐れていた事態が降りかかる。
最初は違和感が。次にシコリが。そして服に擦れるだけで乳首が痛くなるようになった。
女としての成長が私に己は女なのだと促しているようでひどく鬱屈した。
少しだけ膨らみ始めた胸を覆うようにジュニアブラが、そしてブラジャーを付けるようになる。
パンツだけなら楽なのに女性は下着が一つ多い。それが嫌であったが周囲の目に促されるように気づけばブラジャーを付けるというのは常識に変えられていった。
その方法を知ったのは4年生の頃。同級生との他愛のない会話からだ。
子供と言えどそういうのは子供同士の会話で徐々に浸透していく。親がどんなに触れさせないようにしても知識は邪魔できないのだ。……自慰。オナニーとも言われる自分の性器を弄って快感を得る行為は男女ともに性を認識してくると手を出したくなるものなのだ。
そのころからだろうか、私は自分が自分を女足らしめていると考えている胸を中心に苛めるようになった。それは乳虐とでも表現するべきものだろうか?
最初に使ったのは洗濯物を干すときに使うオーソドックスなプラスチック製の洗濯ばさみ。ギザギザになった口は布製品をおとさないようにする工夫であるがそれが私の乳首を鋭く噛み締める。
「いぎっ!」
感じたことのない痛みに私は目の前がチカチカと点滅し、痛みに涙腺が緩む。ぼやける視界の端で歳不相応に膨らんだ乳首が勃起し、一方で隣の乳首には洗濯ばさみが食らいついて離れない。
一度くらいついたら離れないというスッポンとも言うべきか。鋭い痛みは時間がたつとジンジンと震えるような痺れるような痛みへと変わり、疼痛となって私を責める。
最初の痛みが鋭い張り手なら、続く痛みは抓られる痛みか。
「あぅぅ……痛い、痛いよぉ……」
頭の片隅でやましいことをしているというのは理解している。だが、理解はしていても自分を責める、苛めるということをやめることは出来ない。一度体験した痛みは甘美な疼きになって震える指先にもう一つの洗濯ばさみを手に取らせる。
天使と悪魔の様に純粋な心を持つ良心とそれに反するドロドロとヘドロの様に澱み濁った感情が理性という防壁前に一進一退を続ける。だが、根本的な私の考えは……女の否定だ。
「あぐぅっ!」
ブラスチックから指が離され、パチンという小気味良い音が響き、二つ目の洗濯ばさみが私の乳首に噛みついた。最初は痛い。痛いがそれが疼きにも似た痛みになってジンジンと火照る様な感覚を私に与える。いけないことをしているのだという自分への嫌悪感と自己の性への否定が痛みによる肯定を伴って己の判断力を損なわせていく。
これらの行為を自己SMやマゾヒストと表現できることを知るのはもうすこし大人になってからだが、”女”性という性のそれを自ら否定し、自分を罰するという自虐行為を私は以後中学に入るまで度々行った。
最初は毎日していたがそれから友人たちとの会話で毎日すると色素沈着が起きて黒く醜いものになる……という話を聞いて怖くなったというのも一因だ。
乳首の感度が下の性器よりも敏感になってしまったが、下でのオナニーよりも乳首のオナニーをする方が同時に安心もするようになっていたのは皮肉なのかもしれない。始めた動機が自己の性の否定であるからだ。
人よりも少し整ったプロポーションというのは嫉妬的であるが小学生から中学生へと上がれば環境が変わる分そういった認識は減る。欠点を言えば男子の眼が小学生の頃よりも露骨に性を帯びたものになってそれが私にとっては酷く不愉快であった。
私という人間性よりも女性という異性を見る視点。
憚らずに言えば性欲に支配されて濁った瞳を向けられるとでも言うべきか。
故に私は学校が終わって家に帰るたびに、己の性への敵愾心を増し、殺すかの勢いでそれらを削ごうと自虐に勤しんだ。
この頃、私は洗濯ばさみの刺激に慣れ始めてきたこともあり、挟むから刺すへとシフトしていた。
待ち針を使い、念の為消毒して、それを己に向けて突き立てる。針山か剣山のごとくされ、じくじくした痛みが私の胸を乳首を駆け巡る。
年相応にそして成長した胸は一見すると美しい。だが、大きければ大きいほど良いことばかりではない。
乳がんのリスクだってあるし、中身の大半は脂肪だ。脂肪を背負っているのと同じで肩も凝る。だから程々がいいのだ。
そんな羨むような乳房を見目通りの針の筵に変える。
趣味を手芸と言って実際にも腕は悪くないので多少針が多くても違和感は覚えられない。最高の隠れ蓑を得て趣味を披露する傍らでその道具を自らへ突き立てるための責め具としても活用するのだ。
針は良い。傷跡は目に見える範囲ではゴマ粒よりも小さいが、穿った分、傷は見た範囲よりも深く組織を傷つける。傷の多さだけ私は自らの罪と性の否定を許されるのだ。
私の胸は常にブラで隠されているが脱げば小さなかさぶただらけに見えただろう。
まるで梨の表面のようなそれは酷く醜いが私にとっては心地よくそして己を否定した姿なのだ。もっとも、女性であることが嫌なら現代では男性になることもできる。その手段は手術から見た目の変更、書類の変更にいたるまで多種多様であるが、私は別にそう言った問題や症状があるわけではない。
己の身体が嫌なのだ。女性というくくりにされることが。
いずれ誰かを愛し、誰かに愛されて母のように子供産んで乳を与える……それらの行動が嫌なのだ。だから私は己の身体を虐める。虐めていいのはただ一人、自分だけ。
「いっっっ!」
また1本、乳首の付け根から反対側へ貫く様に……否、針先は皮下の組織を傷つけながら反対側へと白く色を変えて膨らみ、鈍色の針先を飛び出させた。胸と違って乳首は貫通させやすい。
もう何度も貫通させているので痛いには痛いが達成感さえあった。
そうして無様な胸に彩って、私は鏡に己の首から下を晒して秘所へと手を伸ばす。
己の凄惨なそれを見ながら自慰をするのが私のストレス発散であった。
自慰をして動き、上下する身体に連動するように針が突き立てられた胸も揺れ、痛みが私の脳をかき混ぜる。
「イタッ……くっきもちいぃ……イタキモチイイ……」
こういうのを脳内麻薬の過剰分泌とでもいうのだろうか?
非現実的ながら現実として映る鏡の中の私の姿を見ながら自慰をすると言わく昂るのだ。虐められてみるも無残で無様な裸体を晒す自分を除く嗜虐的な心と共に、現実の痛みと快楽を教える私の身体の被虐的な感覚。二通りのそれが相まって、私は変則的な快感に溺れるのだ。
傷跡は少し経てば消える。ダメージを受けた内部の事もかんがみてその間は事故を責められないのが苦痛だが、それは鬱憤と自己嫌悪を蓄積して次の責めの原動力と理由に変える。
中学の間はそうやって過ごした私は対外的には手芸の得意な女の子として、自分のみ知る本来の姿は自らに針を突き立てて自虐的な自慰をする変態として過ごし、高校へと進学したのだ。
高校というのは不思議なところだ。私は勉強がそれほど好きではないのだが、親の勧めで進学した。大体はそういう理由が多く、好き好んで勉強したいという人間は少数だった。
進学してもやることは変わらない。
小学生のころから変わらないルーティンのように私は私という女を虐める。
高校に入って私は新しい自分への罰を思いついた。正確にはつるむようになった友人から教わったことだ。
「ピアス……自分でも……」
そう、ピアスだ。
中学から自分の乳首に針で文字通り穴をあけるようなハードで凄惨な自虐をしていた私にとってピアスというのは選択肢になぜか浮かばなかったのだが、高校になって少しヤンキー味のある友人に誘われて私はピアスを耳に開けた。
開けた瞬間、それが中学から変わらずに行ってきた事の延長線上にあると先に体が理解した。
穴が開いてじんわりと痛む耳の穴を金属の棒が内部の組織を削り、痛め付けながら貫通していくその感覚はその日も開けて数日の乳房と乳首がズキンと痛んだかと錯覚させるほど。
故に私は新しいその手段を手に入れたのだ。
親に見とがめられようとも、私は耳のピアスを口実にピアスショップへ行き、そして目当てのピアスをいくつか手に入れた。
リング、シャックル、バーベル……いろいろなピアスを選んだがどれもシンプルなものを選んだ。ファッション性よりもそれら味気のないピアスを選んだのには当然私なりのこだわりがある。
女というもの際立てさせるためのファッション性など私には必要ないのだ。醜く無様に裸にした相手がドン引きするような身体であれば女として認識されることは無いだろうと。
同時に、私は高校生になってバイトを始めたことでより世間から私を見る目が如何に「女」に捕らわれているのかをまじまじと自覚させられた。無遠慮に尻を撫でてくる男共。獣欲を隠そうともしないその姿は滑稽であり、あの手この手で私を私という女を屈させようとしているとさえ感じられた。
「……まぁ、でもね、服を脱いだその先に穴だらけの身体があれば幻滅するだろうね……」
指の先でピアスを弄びながら驚く様子の男たちを妄想して口の端がつりあがる。
そうして私は胸の傷、特に乳首が癒えるのを待って、今日やっと乳首へのピアッサーができるようになった。
乳首にピアスというのはファッションという意味であれば一般的だ。同時に、性器へのピアッシングは性的興奮を高めると同時に被虐的な意味合いを持つ場合もある。
私にとっては一石二鳥と言えた。どちらも私が望むもので満たされないその気持ちの表れでさえある。
女というものは不便だ。
トップレスになるだけで通報され、隠さねばならない。男子の様に熱いからといって上半身を脱ぎ、涼を取ることさえ叶わない。それでいて少しでも服装を緩ませれば注がれるのは獣の如き視線。高校生でバストは平均よりも大きい私の胸は当然のごとくその視線の対象になっていた。
あまり成長しないと思っていた胸も中学の終わりにはかなり大きくなっていたのだから。
「っっ!まだちょっと染みるなぁ……」
乳首全体をアルコールで除菌する。
ピアスショップで開けるという手もあったが、あいにく購入したお店は男性だった。それも欲でぎらついた目をしていた。
男性という生き物はもうすこし自分の視線が女性にはどう映っているかを理解して認識するべきだとさえ思う。気にならない方がおかしいというものだし、好きで胸が大きくなっているわけではないのだから。
「すぅーはー、……っ!痛っ!!」
ピアッサーという道具をもって自分の乳首に宛がってしっかりと押し込む。躊躇い傷ではないが、躊躇してゆっくりやるむしろ痛みが長く続く。思い切りが肝心だと友人は言っていた。
見た目はそこまで仰々しくない。白を基調とした見た目で衛生的でさえ感じる。
打开第一个耳洞后,直到伤孔稳定前都不能移动——就连这种事都规定得如此细致。
这位带着几分街头混混气息的朋友,在这类细节的说明上却格外严谨,这让我由衷感到意外。明明外表看起来大大咧咧,内在却如此可靠,我不禁心生敬佩。
用脱脂棉擦拭渗出的血。耳朵倒不怎么疼,也没出多少血,不过乳头这种神经和血管密集的地方,果然出血量也相对较多呢。
“啊……等耳洞稳定之后,要戴什么样的饰品好呢?”
我用指尖拨弄着排列整齐的耳饰,想象着接下来的情景。
双乳的尖端传来阵阵刺痛,但这种痛感竟反而让人感到愉悦。
对于“凌虐”胸部的探索欲,似乎永无止境……
渴望乳虐的孩子
乳虐を望む子
这是一个因厌恶自己女性性别而折磨自己胸部的孩子的故事。内容已标记为G。比色情更偏向情色。∩(・ω・)∩内容涉及乳头夹晾衣夹→乳头与乳房扎针→打乳钉(短)。话说大家喜欢什么形状的乳钉呢?※作者喜欢的是锁扣型乳钉。